第18話

 勝機まで忍ぶのは定石だ。

 それは将官の務めである。

 闇に兵を伏せ、息を潜め、刃を隠す。しかも兵の怯えや嫉みを諭しながらである。今はそうではない。身の処し方をおもんばかるのは我が身だけであり、気軽なものだ。

 そこは天井の高い、坑道のような洞穴だった。バドリの言にある、ヴィナマの発動機を冷却するための循環型水路なのだろう。

 壁面の仕上がりはまずまず荒い。人力で削られて、その後は水流の浸食に任せたようだ。手触りはよいが、岩肌に荒れがあり平滑さは無い。

 その水路には薄明りが差していた。

 半開きになった排水扉から、崖下の明かりが零れていた。

 か細い光でも、この視力では全てを見通すことができた。

 ここに来て漸ようやく安堵を覚え、我が身を改めて検分する。

 蛇のシャリーラが齎もたらしたのは知覚の変化と、主に背面を鎧う鱗である。引き換えに剥落したものが温感であろうか。

 まず視覚においては、常人にはたとえそこが頻闇しきやみであろうとも、夕暮れ時に視える。ばかりか熱があればあるほど、より紅く毒々しい色彩を帯びて知覚できる。

 さらに自分の背面が擬態を行なうことも了解した。

 私の背面には岩苔いわごけにも似た、青黒い蛇紋じゃもんが踊り、鱗が生えている。この鱗は微妙に角度を変えて色彩を変え、見る者を幻惑させて周囲に溶け込むことができる。


 先刻より足音がしていた。

 壁に腹をつけ背面で擬態を行い、獲物を待っていた。その足音が、紅色の坑道に青ざめた人影として捉えられた。

 落水した熱水の陽炎がゆらりと踊っている。

 それは砂漠の熱気に等しい苛烈さでろうか。

 お陰で心身が漲みなぎるほど蓄熱を果たしていた。外熱で体温を上げておかねば技にも精彩を欠く。

 三本の光条が岩壁を舐め、恐々と歪む声が反響していた。無理もない。ここは毒蛇のねぐらでもあり、自らの墓場にもなるのだ。

 彼らはつまづきながら歩いてきた。

 ひとりは袈裟姿で、各人が青白き光を放つ棒を持っていた。それで壁面を無分別に照らしていたのだ。

 一行の配置で袈裟の男が主であり、二名が従者と知れた。

 牙を一閃して、従者らは瞬時に肉の塊と為した。びしゃりと粘質性のある音と、虹色の血飛沫を上げて斃れた。もう血も体温も充分に蓄えている。健啖であることは士族として無粋なものだ。

 主である男は光軸がかすめた化身アーヴァタールを見て、その場に凍りついた。顔を左右に降り、光棒をまだらに振り回した。

 私は右手を伸ばし、苦もなくそれを絡めとった。逆に光棒を突き付けると、彼はまだ若い修行僧、沙門しゃもんであると知れた。浅黄色の袈裟が真新しく、頭頂も青々と綺麗に剃刀が当ててある。修行を始めたばかりの初々しさだ。

 よい獲物が釣れた。

 バドリの腰布を取って、意図的にあの排水口の縁に結わえていた。それで何者かが侵入した形跡を顕示しておけば、それなりの地位の者がやってくると読んだ。

「勇気あるものよ、名は何という」と問うと、「拙僧はスンタヌと申す」と彼は気丈にも涼やかなアラム語で口にした。

「貴官は将官でございますね」

「ほう、事情を解するか」

「コロワとサルヨには慈悲を頂きました」

 沙門スンタヌは左右の闇に向かい、無慈悲に殴殺された従者を悼んだ。血の臭いが濃い方向に聖句マントラを唱えたのであろう。

「慈悲とは」

「肉として扱わず、人として屠ったことにございます。ですが貴官も死地に堕ちておりますれば」

 抜け抜けと彼は言った。

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