遭遇 2

 戦闘を終え来た道を戻れば、探索者たちは馬車の前で警戒態勢をしいたままジャコの帰りを待っていた。

 砂虫サンドワームを誘導する際に追ってこられたら厄介だと考えていたが、彼等としても無闇に動けば危険を誘発すると分かっていたのだろう。その心配は杞憂となりジャコの作戦は完遂されたのだった。

 この荒野は基本的には乾いた大地が広がっているが所々に岩場や砂地が点在し、中には毒ガスの噴出地帯などという場所もある。踏み入ればこの地に住む魔物であってもただでは済まないが、吸い込みさえしなければ存外被害は防げるものだ。

 ジャコは呼吸を止めることで毒ガスの防御を試み、結果死は問題なく回避した。のだが、砂虫サンドワームに注意を向けすぎたため瞼を閉じるのが遅れ、少々目が痛む。


(この程度なら水で濯いで放っときゃすぐ治るさ)


 真っ赤に充血した目に涙を浮かべながら互いの無事を確かめ合おうと馬車までくれば、向けられるのは心配でも称賛でもなく意外なものだった。


「おいジャコ。何で魔物に突っ込んで行った?」


 アガドスから問い詰めるような言葉と殺意にも似た厳しい視線を向けられ、ジャコは一瞬身を固くする。


(……コイツ、砂虫サンドワームなんかよりよっぽど強いんじゃねえか?)


 そんなジャコの内心を肯定するかのように周囲の男らが口を揃えて言う。


「俺たちが芋虫如き倒せねぇとでも思ってんのか?」

「見くびんじゃねーぞ!」


 鼻息の荒い彼らを見れば、元傭兵と言うだけあって腕に覚えはあるようだ。

 しかしながらジャコにだって言い分はある。不満を表情に浮かべればアガドスが察したように言葉を付け足す。


「テメーまで喰われたらガイドがいなくなっちまう。その意味を分かってんだろうな?」

「こんなとこでぶった切ろうもんなら血の匂いにつられて他の魔物が群がって来るぞ。生きるためにこの方法が一番確実だと思ったからそうしたまでだ」


 決して見くびっていたわけではない。それに正面切って戦闘になれば死なずとも怪我人が出る恐れもある。薬や物資が限られる道中では避けられるなら避けるべきだ。

 その考えを告げれば、アガドスは目を閉じしばし思考を巡らせる。


「……なるほど、そうかよ」


 再び口を開いた瞬間。


 ばきぃっ


 打撃音と痛烈な衝撃を感じたかと思うと、ジャコの体が勢い良く吹っ飛ぶ。

 殴られたであろう左頬を押さえながらよろりと体を起こせば、そのままぐいと胸倉を掴み上げられ、ジャコの眼前にアガドスの怒気をはらんだ顔が突き付けられる。


「だとしてもだ、俺の命令を無視したことに変わりはねぇ。言ったはずだ、勝手は許さねぇと」

「だからって……っ」

「あん時お前が素直に退いてりゃもっと確実を期した策がとれたはずだ。テメェの知識でな。違うか?」


 口を挟む間もなく畳みかけられるアガドスの言葉は正しい。確かに一旦退いて体制を立て直せばもっとリスクを抑えられたのかもしれないし、何よりも。

 この言葉はジャコのガイドとしての才を認めていると言っているに等しい。

 目と頬とから伝わる痛みの奥にじわりと熱を持つ何かがこみ上げるのを感じる。


「……悪かった。次からは指示を仰ぐ」

「おう。テメーの仕事は俺たちの安全を確保し死なせない事、そのためにテメー自身が死なねえことだ。よーく頭に叩きこんでおけ」


 その言葉は単に自分たちの身を案じただけのものかもしれない。

 それでもジャコにとって「死ぬな」と気をかけられるのは想像だにしない経験で。……不思議と悪くない、と解放された胸元をくしゃりと掴んだ。


 ◇ ◇ ◇


 さて、旅を再開すべく馬車周りの点検整備が進められている。

 雑用をこなしくるくると走り回るジャコだったが、荷台の隅に押し込まれた布袋にふと目が留まる。今は亡き男、リアンデの荷物だ。

 中を覗けば最低限の衣類と食料……の他に、身の丈にそぐわぬ額の貨幣が詰め込まれており、自然と眉間にしわが寄る。

 そんなジャコを覗き込んでいたヴォーグが背後から声をかける。


「あのクソガイド、お前が俺らの金を盗んで逃げたとか言ってたぜ」


 クソガイドとは言わずもがなリアンデの事だろう。馬車内にジャコがいないことに御者が気付き、ヴォーグが問い質したそうだが。


「そんなことはしてねぇ。いきなり突き落とされたんだよ」

「まぁそうだろうよ。こんな場所で馬車から降りたって野垂れ死ぬだけだしな」

「こんなもん見りゃどいつが盗んだかなんざ明白だしな」


 別の男も加わりリアンデの荷物を漁りながら呆れを漏らす。どうやらジャコが悪事を働いたと疑う者はいないようでその点は安心する。

 にしても、とんだ濡れ衣である。どうしてそこまで恨まれなければならないのか。


「案内屋に聞いたがあいつは元探索者らしいぜ。だからこそ使える奴だと思ったんだがな。あったのはいっぱしのプライドだけとは、とんだ見当違いだったぜ」


 アガドス曰く。元探索者、だからこそ浮浪者同然のジャコと同列に扱われるのが許せなかった、という事らしい。勝手な話だ。


「はっ! 元ってこたぁ使えねーから案内屋に捕まってガイドに堕ちた負け犬じゃねーか。当然の末路だぜ」


 その言葉に同調した周囲からどっと笑いが漏れる。

 そんな中ジャコはといえば。死してなお嘲られるリアンデに僅かながらに憐憫を抱く。

 確かに自業自得には違いない。しかしリアンデは自分の居場所を守るために必死だっただけではないのか。

 もちろんリアンデから被った被害には怒りしかないが、力がないなりに他人を蹴落としてでも生にしがみつくことがそんなに滑稽だろうか。

 勝手に恨んで勝手に死んでいった憐れな男。そいつと自分に何の違いがあるのだろう? 自分も死ねばこうやって周囲に笑い飛ばされるのだろうか、それとも誰の目にも留まらずに消えるだけなのか。

 殴りたいほど腹が立っていたはずなのにいつの間にか怒りは消え失せ、ジャコの胸にはやるせない気持ちが燻る。


「リーダー、どうするよ?」

「ああ……」


 彼の男を思い複雑な表情を見せるのはジャコだけではないようで、小声でアガドスに話しかける一人に気が付く。探索者の男、たしかバニスと言ったか。

 しかしその理由は全く別のもので、ジャコはその会話に意識を向ける。


「ガイドが一人ってのはマズいんじゃねぇか?」

「しかしここまで来て引き返すのはな」


 どうやら今後の旅について懸念事項を確認しているようである。これはジャコとしても気になるところで、感傷を頭の隅に追いやると冷静な思考を回し始める。



 『星の井戸』を目指すにはガイドが二人必要だ――これは探索者にとって鉄則となっている。もちろん理由はあるのだが、ジャコからこの問題に触れる気はなく口を噤む。

 では現実の問題としてこれからどうするか。安全策を取るのならば町まで引き返し新たなガイドを連れてくることだろう。

 井戸への到達という目標達成に期限はない。他の探索者隊に先を越される恐れはあるが、それでも幾度となく挑戦者が旅立ち今まで誰も到達できていないのだから、可能性としては微々たるものだろう。

 問題になるのは単純に道行きの危険度だ。

 町からここまで、基本的には平坦であるが長い距離で見ればゆるやかな下りであり、ついでにいくつもの崖を越えてきている。引き返せば登りとなるわけで、そんな中を小さいとはいえ崖を越えるとなれば労力は往路の何倍にもなる。

 ついでにガイドの視点から見れば、往路に比べ復路の道は魔物や天候の急変をやり過ごす難易度が跳ね上がる。もちろんジャコは探索者隊を導くものとして被害を出すつもりはないが、こればかりは運も必要になるだろう。

 被害が出れば再度の旅立ちにも影響は免れない。往路よりも復路の方が過酷である、それが最果ての過酷さであり厭らしさだ。

 アガドスを見れば表情は険しく、珍しく逡巡しているように思える。今回のアタックは断念して戻るか、それとも――。


「先へ進む」


 それがリーダーの示した意思だった。

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