ハートブレイクフル・ワールド

ミケ

第1話:始まりの処刑台

 男の名をフューリといった。

 フューリ・ダ・カーク。それが彼の名である。

 今、処刑の時を待っていた。


「フューリ・ダ・カーク。罪状、国家反逆罪。かの者は、我らが大ユシフ帝国特別視察軍副隊長でありながら、密偵として『ヒドゥンサイド』の国々にその活動、帝国の軍事・政治の動向全てを暴露するという許されざる行為を行い、帝国憲章8頁にのっとり、国家反逆罪として、この者を民衆の前で死刑に処す!!」


 反逆者の罪状を声を張り上げ首都マリダヤにある帝国裁判所の大きな建物の前、処刑台の建つ広場に群がる大勢の群衆の前でそう叫んだのは大ユシフ帝国の法の番人、最高裁判長アイ・ムルザ・ウールであった。大柄で威厳ある白髭を持つ法の番人は続けた。


「処刑方法は銃殺である!」


 群衆はどよめいた。大ユシフ帝国の伝統的な処刑方法、ギロチンを行わないのは何故であるかと。

 思えば処刑台は普段と違い、高さ5メートルと高く、横に長く、右の端に厚い木の壁のようなもの、左には群衆に向かって奥行き一列に並ぶ5人の、銃を持った兵士が立っていた。

 そしてどよめきのうちに、階段から手枷をはめられた男が兵士2人に両腕をそれぞれ掴まれながら、処刑台へ上がってきた。

 男は痩せ細っていて、高い身長、緑の逆立った髪、虚ろな茶色の目をしていた。この男が、フューリ・ダ・カークである。

 フューリを連れた兵士2人は厚い木の壁の前に吊り下げられてある円状に括られた鎖でフューリの両手を縛る。兵士は階段を降りていく。

 フューリは力無く足から崩れ落ちかけるが、鎖に引っ張られた手がそれを阻止し、中途半端に足が地面についている状態となった。


「フューリ・ダ・カーク!最後に言い残すことは、あるか。」


 ウール最高裁判長が、処刑台の左側で銃を構え一斉にフューリに向けた兵士たちの方へ行き、問うた。


「...だ...」


 あまりに力のない、小さな声でフューリは返した。


「なんと言った?もう声を出す気力も残ってないようだな。」


 フューリはまだ口を動かしている様子であった。


「はやくそのクソをやっちまえ!!」

「撃ちやがれ!!」

 

 群衆から野次が飛ぶ。群衆の大半はせいせいするような、楽しそうな表情で、国家反逆者に罰が下るのを待ち侘びていた。


「よし。もういいだろう。声も出ないのなら決行を――」


 ウールがそう言っている途中に、フューリはどこからその力が沸くのかというほどの大声で叫んだ。


「俺は殺せねぇよ!!お前らには!!」


 群衆はあまりに大きな、低いもののよく通る声に静かになった。


「その程度のことしか言えないようだな。我々は戯言など信じぬ!!」


 ウールは顔の汗をハンカチで拭いたあと、左手を大きく天にあげ、死刑執行の兵士たちは銃口をフューリの『胸』にむけた。


 ウールが手を下ろすと同時に銃声が一発ずつ、群衆に向かって処刑台の手前側から、鳴り響いた。


 フューリは声も無く首を垂れた。


 群衆は歓声を上げた。帝国に反逆した逆賊は今罰を受けた。


 数秒ののち、兵士の1人が、死んだことを確認するためにフューリに近づいていく。

 兵士は俯いたフューリの顔を覗く。目を閉じて死んでいるようだ。

 耳を近づけても心臓の鼓動は聞こえなかった。

 しかしすぐに兵士は、あるおかしな点に気づいた。

 血は出ているものの、フューリーの撃たれた場所が見つからない。頭、肩、胸、腹、足、腕。どこにも傷ひとつない。そしてフューリの体は湯気が出るほど熱気を放っていた。


「これは!どういうこ――」


 言っている途中で、兵士の頭には鈍痛が走った。

 物凄い速さでフューリが、手を吊っている鎖を使って自身の体を持ち上げ、浮き上がりながら兵士に左足で蹴りを入れたのだ。


「なっ……なにぃィィィィィッ?!」


 ウールは驚きのあまり叫んだ。兵士たちも動揺していた。そして勿論、群衆は再び静まり返ったあと、すぐにどよめきをあげていた。


 フューリは、叫んだ。

 

「今だぁぁぁぁぁっ!!」


 すると、


 パァン!!

 

 銃声が鳴り響き、銃弾がどこからともなく、フューリを縛る手枷の鎖に飛んで、手枷も鎖も弾き飛ばした。

 フューリは自由になった左手で、先に蹴りを入れ倒れている兵士の銃を奪い、最高裁判長に向けた。


「貴様、自分が何をやっているのかわかっているのか?」


 ウールは青ざめながら言った。


「俺は忠告したはすだ。お前らには殺せないってな。」


 フューリは銃をウール目掛けて放った。同時に兵士たちはフューリを撃った。


 フューリは再び倒れた。ウールは死の覚悟をして目を閉じてしまっていたが、恐る恐る開けてみると、撃たれたのは自分の立つ木製の床であった。

 しかし安堵したのも束の間、ウールはバキバキバキッ、という音と共に床が抜けるのを実感した。そして気付いた。処刑台を支える四隅の柱のうち、自分のいる群衆からみて左の手前側の柱が折れて倒れてしまっていることを。


「どうやって!」


 兵士たちは何人か抜けた床にハマり下に落ちてしまったがウールは今いた場所より前側に飛び退いて落ちるのを回避した。


「なんでことだ...こいつ、まだ生きているのか...」


 どよめく群衆を前にウールと兵士は一度安全のため階段を駆け降りた。

 直後、フューリは再び立ち上がった。処刑台の中央あたりのところであった。傷ひとつなく。

 そして処刑台の右側まで助走をつけるように走り、その勢いで高さ5メートルから跳躍し、下で槍を構える兵士たちを飛び越して着地し、またすぐに裁判所と隣の建物の間の裏路地に向かって、群衆を背にして走り始めた。


「奴を追え!!」


 ウールがそう叫ぶ前に処刑台の下を囲んでいた兵士たちはフューリを追い始めていた。

 しかしフューリは速く、そして上手く壁や建物の角を利用し、裏路地を抜けていったあと、兵士たちが彼を見つけたという報告は、1日経っても無かった。


 その日の夕方、大ユシフ帝国の、マリダヤからそう遠くない沿岸部にある港町セリスで一隻の船が錨をあげ海を進み始めた。

 フューリが甲板にいた。舵を操るもう1人の男の横で。


「まさかホントに来るなんて思ってなかったぜ。おまえはとんだカス人間だよ。ハンス。」


 ハンスと呼ばれたその男は、フューリよりも歳上で、髭を蓄え少し肥満気味であった。縁がカタツムリの殻のように何重にもあるおかしな金のゴーグルをつけていた。

 ハンスは頼りにならなさそうな、少し高い声で言った。


「まあ命を救われた身だ。あんたについていけって、そういうことだと理解したよ、俺ぁ。あんたの『心臓』を取り戻すその日まで、あんたについてくよ。」


「ありがとな」


 フューリは優しい目をした。


 2人は夕焼けの中進む。最初の目的地、『ライラロス島』まで。


 これは、『キャラバンの船長』、フューリ・ダ・カークが、地球の裏側の領域、『ヒドゥンサイド』に奪われた、自らの『心臓』を取り戻す物語である。

 

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