第3話 魔術

 おれの今使える魔術はたった一つ。〝火炎魔術〟のみだ。


実家にいた時に優秀だった兄に教わった。

奴は小児性愛者であったもののそれ以外は文句のつけようのない優秀で心優しい自慢の兄だった。


全7位階ある魔術の内5位階まで使える超優秀な魔術師であり、勉強が得意で頭も良い美形だった。


そしてロリショタコンが極まり過ぎておれの裸体を見ても眉ひとつ動かさない唯一の男だった。


自分の欲望を自覚し嫌悪していたため子供に近づく事すら出来ずデカい街に赴いて仕事につくことはできなかった、その上人間以外が相手でも殺しができなかったので冒険者になることもできなかった。それでもおれの村の内で医者をやっていたため家は普通に裕福な生活ができていた。


実家で暇な時に魔術を教えてもらっていたのだがその中で唯一取得できたのがこれだ。


兄曰く、


「エフィミア、ちょっと使ってみてこの火炎魔術はゴミだと思ったろ。一見ただのゴミだが実際にはそれ未満のゴミだ。」


「ジルお兄ちゃん妹にゴミ押し付けるとかなんか恨みでもあんの?もしかしておれがかわいすぎるのが悪いの?」


「君がかわいいのはまごうこと無き事実だが自分で自分の事かわいいとか言うのは辞めたほうが良い。あと一人称おれもちょっとな。前提としてこの魔術を習得してないと他の黒魔術覚えられないんだ。代わりに次に君に教える魔術はすごいぞ、【睡眠魔術】というのだが俺の知る限り全魔術で二番目に強い魔術だ。」


そして次の睡眠魔術をおれが完全に習得仕切る前に彼は死んでしまった。


後で聞いた話だが領主が私兵を率いて内にやってきたあと、妹が首を跳ねられたあと今まで見たことも無いような形相で今まで一度も聞いたことの無い様な汚い言葉を吐きながら大暴れしたらしい。


20いた領主の私兵の内8人が眠らされた状態で殺され5人が燃やされ灰になり4人が凍らされ生命を止めた。


魔術の使用回数が完全に切れても獣の様に暴れ私兵の首をへし折り領主の右手を食いちぎりえげつない形に整形してやったらしい。


結局は母さんを人質に取られクソの手により灰となったが。



それでもおれの髪飾り内部に兄の遺灰は残っている。握り占めるだけで勇気が湧いてくる。


 話が逸れちまったが超小規模な爆発を起こすこの魔術の性能は控えめに言ってゴミ。


 100円ショップの花火のほうがよっぽど火力が出るだろう。下手すれば俺が素手で殴ったほうがダメージが出る。素手攻撃以下の威力の魔法って何だよ。これが唯一の魔術だって言うんだから笑える。俺ほど非力な人間でもない限り石でも放り投げたほうがよっぽどダメージ出せるだろう。迷宮で一番の雑魚扱いされているコボルトすら魔術の上限使用回数まで撃っても倒せないだろう。


 そもそも冒険者グループはどんなに弱くても一般成人男性以上の身体能力を持った武装持ちの人間六名で構成されている。最低ランクでも十分暴力装置として動ける一党だ。そんな暴力装置集団から見た雑魚だ、要は俺から見れば普通に脅威だ。


 一般人未満の身体能力かつ花火未満の何かを三発うてるだけの雑魚がなんとかなるような相手ではない。


 だからこそ駆け出しの魔術使いは将来使えるようになるであろう大魔術を担保にしてパーティーに加入し経験を積むのだが俺は一人だ。


 どうしようもない。


 それでも今おれは迷宮に潜っている。


 全五階層からなるこの迷宮は二層以降は文字通りの化け物が闊歩するものの一層だけは比較的安全だ。ここらの生物は強いとは言え常識の範囲だ。というか魔物と呼べそうなほど禍々しい奴はいない。


 戦って勝てるかどうかは別にしても逃げるくらいなら不可能では無いのだ。


 逃げに徹し魔物の残骸や価値が無さすぎて拾われなかったものから当座の日銭を稼ぐくらいはできるだろう。当座の日銭さえ稼げれば勉強で鑑定要員になれる。そう思って迷宮に飛び込んだ。


 そして今に至る。端的に言って死にかけてる。一層で野盗化した冒険者に追いかけ回され逃げた先で落とし穴に引っかかり二層へ落とされた。


 そのまま小型の竜種、動く腐乱した死体、集団で空を飛び回るコインなど明らかに地上には存在しない生物から隠れながら階段を探していた


 その途中で会ったのは小型の兎達。こんな地獄みたいなところにも普通の生命は芽吹いているのだなと思いながらも近づいてきた兎を眺めた。


 その瞬間に肘から腕が吹っ飛んだ。刎ね飛ばされたと言った方が近い。兎達の口内に不気味なまでに肥大化した鋭い前歯が見えた。


 良く考えればこんな迷宮に普通の生物が生きてるわけないよな。普通じゃない生物だと察して逃げるべきだった。


 死んでしまう。心がパキリとなったのが伝わる。比喩抜きで心って折れるもんなんだなと考えて眼の前の死から逃避する。体は諦め弛緩するのに心は1ミリも死ぬ気がないようで死への恐怖で脳は震える。


それ以上に誰にも助けてもらえないのが辛い。周りの冒険者共も知らん顔だ。周りに人間が掃いて捨てるほどいる中感じる孤独は本当に辛い。前世の数々の思いだしたくもない記憶が蘇る。あの時は奇跡的に一人だけ、たった一人だけ助けてくれるやつがいた。そいつに救われた。救われたんだ。


しかしもうそんな事は起こらないだろう。


奇跡は何度も怒らないからこそ奇跡なのだ。


「ここはひとつ、おれのかわいいかわいいお顔に免じて」


そう言った途端残った腕も吹き飛んだ。


「やだ、誰か助けてくれ、頼むよ、神様、ヒーローもしくは…■■■■」


 その瞬間雷撃が兎達を黒焦げにした。


 やったのはおそらく今駆け寄ってきている銀髪の青年だろう。


 案外ヒーローって居るものなんだな。


 そう考えておれは意識を手放した。





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