第3話 見知らぬ勧誘、誠実な謝絶

 

 俺は一人で戦い抜くことを誓った。

 その誓いは断固たる決意と称すべき堅牢な意思。

 どれだけ強大な魔物と相対したとしても揺らぐことはないだろうと確信できる。


 そんな俺であるが、大グマを倒したことで魔物の討伐は終わり、亀の上まで戻ってきていた。

 報酬金は一八〇〇〇リル。受付のお姉さんから紙幣を受け取り、ギルドのクエスト案内所をあとにする。

 なんというか、『贅沢しなけりゃ二日は凌げるかなぁ……?』という程度の微妙なお小遣いである。

 ギルドから与えられる報酬金は殺した魔物の強さに比例する。あのレベルの魔物を狩って安全に暮らしていても、風邪にかかった瞬間飢え死に確定。


 一人で戦っていく覚悟を決めた以上、俺はあの熊よりもっと強力な魔物を手軽に倒せるようにならなければならない。


「んん……でも安全にってなると難しいよなぁ……結局ワンタッチしないと幻覚は見せられないんだし……」


 強めの魔物になると半径五キロが魔法による砲撃の射程圏内。足の速さはそこまででもないが、街一つ消し飛ばせる爆炎を一秒毎に飛ばしてくるというのが基本スペックとなる。


 トテトテ歩いて近づくとなると触れるまで一〇〇回は殺されそうだ。工夫を凝らせばやりようはあるが、どこまでいっても危険はつきまとう。

 ひとまず最低限の攻撃手段は手に入れたものの、まだまだ課題は山積みというわけである。


『どうしたものかどうしたものか』『今後の魔物討伐をどうしたものか』『というかギルドハウス追い出されちゃったけど今夜の宿をどうしたものか』。

 とりとめもない思案にふけりながら街を歩く。


 『街を歩く』というのは嘘である。

 本当は『街を歩こうとした』であるし、それよりも『ギルドから出て街を歩こうとして三歩くらいは歩けた』としたほうが正確だ。


 わかりやすく言うと、案内所から出てすぐのところで、見知らぬ女に声をかけられた。


「────こんばんは、ダアスさんですよね?一緒にパーティーを組みませんか?」

「………………はい?」


 非常に簡素な挨拶、簡潔な要求。全くの初対面、姿を見た記憶もない彼女が、仲間になりたそうにこちらを見ている。

 聞くところによると、彼女もソロで魔物狩りをしている一人。仲間として一緒に戦える相手を探しているらしい。


「………………はぁ?なんで俺なの?俺より強くてフリーの人間なんていくらでもいるだろ?」

「私、あなたのファンなんですよ」

「へぇ……!?俺にファンなんていたの!?初めて知ったぁ……!」


 そんなわけで、現在俺は彼女に連れられ、おしゃれなカフェテリアに来ていた。

 ファンだというその子とテーブルを挟んで座り、前述のような談笑を交え、好物のコーヒーを心地よく啜る。


 心地よくというのは嘘である。

 身に纏わり付く死の恐怖に怯え、震えを無理矢理抑え込み、必死に体面だけ平静を取り繕り、本当は苦手なコーヒーを死にそうになりながら啜っている──それが俺の現況であった。


 恐怖の理由は明白だ。

 『あなたのファンなんですよ』という彼女の発言は間違いなく嘘だ。

 客観的に俺にファンができる要素がない。前のパーティーではお荷物で、直接的な戦闘力は(今朝の時点までは)皆無。加えてビティの流した悪評により、街では俺の悪口合戦が毎日開催されているはずなのだ。

 生き残っている人類がもうこの街くらいにしか残っていないであろうことを加味すると、俺が今後の生涯で他人からプラスの感情を向けられる可能性は限りなくゼロに近い。


 であれば、彼女はなぜ嘘をつくのだろうか。


 決まっている。騙すためだ。

 ファンを装い近づき油断させ隙を見て殴り資産を奪い尽くし殺して死体を裏山に棄てる気なのだ。

 『みんな悪口言ってるし別に何しても構わないだろう』とか考えているに決まっているのだ。


 ──こいつっっ…………頭がおかしいのか!?みんなが悪口言ってるからって人を殺していいわけがないだろうが……!命をなんだと思ってるんだ……!?


 明瞭で邪悪な殺意を意識してしまい、正直言って恐ろしくてたまらない。頭がおかしくなりそうだ。


 何が恐ろしいかというと、逃げることすらできないというのが最も恐ろしい。

 攻撃手段を用意できたとはいえ、俺が貧弱極まりない幻想術士であることに変わりはない。荒事になれば高確率で死ぬ。

 下手に逃げようとして彼女の機嫌を損ねれば逆上し馬乗りになって何度も顔面を殴打され重篤な後遺症を負った後に死ぬ。

 かといってハイハイ言うこと聞いていても、ひとけのないところにでも連れ込まれて普通に殺され死体を棄てられる。


 なんとか穏便に誘いを誤魔化す以外に、俺が生き残る道はないというわけだ。


「そ…………それじゃあ君のことを教えてくれる?俺まだ君の名前も知らないしさっ」


 故に、俺は全力をもって表情筋を制御。爽やかな好青年を思わせる爽やかな微笑みを浮かべ爽やかに目の前の女に語りかける。


「あっ、そうですね!私の名前はチャック、魔物狩りはチームを組まずに五年前から続けています。基本的にAからCを対応しています。ダアスさんの足を引っ張るようなことはないはずです」

「なるほどぉ」

「ダアスさんとお会いしたことがないのは活動時間のズレが原因ですね。昼起きていられないというのもありますが、私の魔法の関係上、仕事の時間は深夜に絞っているので」

「ふむふむぅ」

「私の魔法は『雷撃』なんです。夜間の視界の確保が人より簡単なんですよ。火力もそこそこあって一発耐えられた魔物はS未満にはいませんでした。ダアスさんの足を引っ張ることはありません!」

「そうなんだぁすごいねぇ」


 俺はにこりと笑って応えた。顔だけに限定すればなんとか笑えた。


 もうだめだおしまいだ。

 目の前にいる女は間違いなく俺を殺そうとしているし滅茶苦茶強い。俺より強い。こいつの機嫌を損ねた瞬間俺は一秒と経たず絶命する。


 俺がさっき必死こいて倒した大熊はDランク。Aランクはだいたい二〇倍程度の報酬がかけられており、強さもだいたいそれに順ずる。

 つまり『単独でAランクを狩っている』というのはギルド内でも上澄みも上澄み。言葉を選ばなければ人間じゃないバケモノである。


 加えて魔法が『雷撃』ときた。かつての糞リーダー、ビティの魔法も『雷撃』であったが、同じ性能であれば狙った地点に秒間十発雷を打ち込める。

 ソロでやっていけていたと言っている以上、魔力量にも問題はないのだろう。それだけの実力があって俺と組んでメリットがあるわけがない。やっぱりこいつは嘘つきなのだ。


 殺される殺される。ぜったいぜったい殺される。完全確実に殺される何がなんでも殺される。

 逃げなければ。


「…………おっといけない!そういえば俺は宿をとらなきゃいけないんだった!実は昨日まで住んでたギルドハウスを追い出されちゃってさぁ!というわけでこの話は後日詰めていこう俺は宿の確保に急ぐことにするよ!それじゃあまたねさようならお元気で!!」

「泊まるところがないなら私の家に来てください。使っていない部屋がちょうど一つ空いているので」

「…………いやぁ流石にそれは申し訳ないよぉ。というわけで俺は宿の確保に」

「大丈夫です。私、ダアスさんのファンなので」


 女は優しい笑みを浮かべた。


 『逃さない』という意思表明なのだろう。

 執拗なまでの強引さは、たとえ殺意が露見したところでゴリ押しで殺せるという自信の現れか。


 死ぬ。

 死にたくない。

 助けて。


 俺はこみ上げる吐き気を堪えるのに必死で、返事を返すこともできず固まっていた。


「あ、それと、組んでくれたらお菓子をあげます」

「…………あ、えっ、そうなんですか?」


 俺はチャックさんと組むことを決めた。


 というかお恥ずかしいことに、俺は彼女のことを誤解していたことを、この時ようやく自覚したのである。

 先の思案を振り返れば明白だが、コミュニケーションの開始地点から盛大にテンパってビビり散らかしていた。糞上司との触れ合いで心が荒んでいたのが原因だろうか。


 なにはともあれ、俺はチャックさんを完全に信頼することを決め、彼女に案内されるままに喫茶店を出る。

 一五分ほど歩いたところに彼女の家はある。綺麗に片付いた生活感のない家だった。二階の階段を上がったところにある部屋を使うよう言われたり、魔物討伐については明日から話し合いましょうと言われたりする。


 他にも色々進退あったが、最終的にはおやつの時間となった。


「あ゛あ゛ぁ゛…………っ!ひぃ……っ!あぁぁ……!!」


 お出しされたのはチャックさんが作ったというアップルパイ。

 素人が作ったとは思えないほど上品な甘みと酸味が口内を心地よく刺激する。


 俺が甘いものが嫌いというのは嘘である。大好きである。


 感動の声を汚らしく上げる横で、チャックさんはじっと俺のほうを見ていた。


「い、いいんですかこんな美味しいの頂いて!?俺あんまり役に立たないと思いますよ!?」

「いいんですよ。何度も言ってるじゃないですか、私はあなたのファンなんです」

「な、なんて優しい人なんだ……!」


 感動のあまり泣きそうになりながら、二ホール目へと手を伸ばす。

 チャックさんはにこにこ笑っている。


 夜はゆっくりとふけていく。

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