偽りの幻想術士〜元パーティーメンバーさんたちの最強スキルは俺が無意識に作ってた幻覚だったみたいです〜
@childlen
第1話 たいそう静かに復讐劇がはじまる
一八年前、世界のどこかで魔女が生まれて、一〇日もしない間に世界は滅んだ。
大地は魔女が産んだ魔物で溢れかえり、あらゆる都市が破壊され、人類の九割が餌となった。
残された一割は平穏を求めて世界の端へ逃げ出した。飢えて乾いて魔物に捕まり、少しずつ少しずつ数を減らしている。
あと一〇年もたたないうちに人類は絶滅してしまうらしい。
真偽の程が定かでない噂というか、お伽噺のようなものである。
つい先日酒場で耳にしたのだが、『いや魔女ってなんだよ』だとか、『人間ひとりの力で世界滅ぼせるわけねぇだろ』だとか思ってしまう。正直かなり胡散臭い話だ。
それ以外の部分に文句はない。なんの誇張もない事実である。
生まれる前の話なので事の始まりはよく知らないが、確かにどこに行っても魔物に出くわすし、たまに見つけた廃村も建物の残骸しか残っておらず、出くわす人間は例外なく白骨死体。
加えて、俺が今住んでいるこの街は大きな大きな亀の甲羅の上に作られていて、亀はできるだけ魔物の少ないところ、世界の端のほうへずっと歩き続けている。逃げているという表現がこれ以上なく相応しいだろう。
人類が絶滅に向かっているというのも間違っていない。安全な場所へと逃げているはずなのに大亀は頻繁に魔物に遭遇し、そのたびに街の住人や亀自身が襲われている。
幸い亀に大事があったことはないが、人は簡単に死んでいく。はじめ八万いたと聞く人口は今や三万。魔物は年々強くなっており、何がきっかけで全滅したとしてもおかしくないというのが現状である。
畏れた人々はギルドを作った。
亀に近づく魔物を前もって探知し、情報を纏めて共有し、対応できそうなパーティーが撃退を申し出る──そんな一連の流れを管理する機関である。
パーティーは一〜四人の少人数で構成され、優れた成果を残した者たちには名誉と富が与えられる。住人全員の命がまるごとかかっているのだから当然の流れだ。
かくゆう俺もギルドで魔物と戦う日々を送っている。
名前はダアス。性別は男。特技は逆立ち。苦手なものは甘いもの。
撃退数において最高の実績を誇るパーティー『リセプション』にて、幻で魔物を惑わせる『幻想術士』として討伐のサポートを行っていた。
そう、この瞬間までは。
「お前、今日からクビだから。今すぐ荷物纏めてここを出ていってもらえるかな?」
唐突な言葉だった。
早朝ギルドハウスに呼び出され扉を開くと、パーティーのリーダーであるビティがいつもの椅子に腰掛けている。
いつものようにふんぞり返る彼女の、いつものような見下した第一声である。
「…………………なっ、なんでそんな、いきなり」
「なんでって……わからない?使い物にならないゴミを処分しましょうってだけの話なんだけど」
思わず口をついた俺の困惑は、鼻で笑われる。
心底嬉しそうな誹謗の言葉。つられて薄く笑い出す周囲を囲むパーティーメンバー達。
悪意に溢れた気持ち悪い空気が、部屋の中を漂っている。
いや、前兆がなかったわけではないのだ。
普段から彼女らは『一人じゃ何もできない無能』と、俺を見下し貶め嘲っていた。
『いてもいなくても変わらない置物』『偉大なパーティーに一匹紛れ込んだ寄生虫』『生ゴミ』等々、あることないこと見境なく悪評を広められた結果、道を歩くだけで通行人に嗤われるくらい俺の悪評は蔓延している。
最も悲惨なのは、誹謗中傷の内容が大袈裟には間違っていないこと。
俺には魔法の才能がなかった。どれだけ努力してみたところで炎も風も出てきやしない。触れた相手に幻を見せること以外に俺の魔力は働かなかった。
できるだけのサポートは行ってきたし、全くの役立たずではないはずだし、『幻想術士』という役割に小さな誇りも持っているけど、パーティー一番の雑魚が俺であることは同意見。
だから、このパーティーを追放されること自体には文句は言えない。
驚いたのはタイミングだ。
「い、いやでも、今日からってのはおかしいだろ?少なくとも一ヶ月は猶予があるはすだ」
「…………はぁ?どういう意味?」
「いや、だって、それがギルドのルールだろ?切迫した事情なしにメンバーを追い出すなら一月の間は猶予期間を設けることって説明されたじゃん」
ギルドに属しながらも魔物との戦闘を恐れる奴らは結構多い。
一昨年の冬あたりだっただろうか、『優秀な人間と組めばそれだけ自分の生存率は上がる』という思想が流行り、結果としてパーティー内でのサポート役の追放、他パーティーからの強者の引き抜きが頻発した。
顛末は無残なものだった。チームの崩壊により連携は乱れ、諍いが増え、戦力が一極集中し、ギルドそのものが崩壊しかけた。
その時の教訓により定められた規則が『メンバー追放の際の一月の猶予期間』である。
ビティが俺を追放しようというなら、それは今すぐでなく一月後のこと。その間に俺は次のパーティーを探すという流れになるはずなのである。
「だから、一ヶ月とは言わないから次の行き先が見つかるまで────あ゛っ!?」
衝撃に喘ぐ。
眼前のビティが唐突に放った魔法…………青白い『雷撃』が真っ直ぐに突き進み、俺の顔面へ吸い込まれたのだ。
右眼から全身に走る激痛。明滅する視界。思わずその場に倒れてのたうち回り、絶叫する。
「あ゛あ゛あ゛っ!?痛゛っあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
「なーにが一ヶ月なのかなぁ無能くぅ〜ん?」
ビティが俺の頭を蹴飛ばした。さらに電流が頭を走る。顔の内側から軽く弾ける音が鳴る。
耐えることなんてできるわけもない。人目もはばからず悲鳴をあげて転げ回る。
「あのさぁ……なんで私らがクソ無能の面倒みなきゃいけないんだい?決まりだからって言い訳恥ずかしくないのかなぁ?私だったら『今まで迷惑おかけしてすみませーん』って泣いて出ていくけどね〜、常識ないのかな?」
倒れる俺の頭を力強く踏みつけ、そのまま擦るように踏みにじるビティ──彼女の顔には満面の笑みが張り付いている。
「ルールの問題はお前がギルドへ報告しなければいい。口外したら俺達総手で報復に行くからな?」
「それに、言ったところで誰にも信じてもらえないと思う。ダアスのゴミクズ具合は街中に広まってることだし。雇ってくれるところどこにもないだろうから、再就職先は乞食がいいね」
仲間のパーティーメンバー二人も同じ。
ビティほどあからさまではないが、声がうわずり軽く緩む頬。
ビティは、彼女らは、明らかに俺を甚振るのを楽しんでいた。
「ぐっ……ううっ……!」
見下されているのはわかっていた。
けれど、まさかここまで酷いものとは思っていなかった。
こんな、脅し嬲って踏みにじるだけの単純な暴力がまかり通ってしまうなんて。
「わかったか〜?ほ〜らさっさと出てけよ無能!私らの家の前じゃなければ飢え死にしたって構わないからさぁ!」
言葉とは裏腹にビティ頭から足を離そうとせず、立ち上がることも身動きも許されず、時々流される電流に喘ぐことしかできない。
痛くて悔しくて痛くて悲しくて痛くて痛くて堪らなくて。
俺は独り、惨めに惨めに涙を零した。
泣いたというのは嘘である。
「イエスッ!やったやったぁ追放だぁ!ひゃはは待ってたぜぇこの時をよぉ!!」
悔しいのも悲しいのも嘘である。むしろ小躍りしてしまいそうなくらいには高めのテンションである。
ちなみに頭を踏まれたのも電撃を受けたのも嘘である。俺は健康健全五体満足で紅茶を啜っている真っ最中だ。
今も「悔しかったら抵抗してみろ〜?」なんて俺への罵倒を続けるビティは、何もない床の木目をぐりぐり踏みつけて笑っている。
そう、ビティ含めるパーティーメンバー全員は俺の作った幻を甚振っている。
早朝とはいえ季節は夏。ギルドハウスまで歩いてきて喉が乾いたためパーティーメンバー達の応対を幻覚に任せ、俺本人は紅茶を淹れていた────なんて事情があったりなかったりするのだが、そんなこともうどうでもいい。
とうとうこの日がやってきた。ビティが俺の追放を宣言したのである。
「うぉぉめでたいめでたい……!お赤飯炊かなきゃ……!」
異常ともとれる歓喜の理由は一つ。
パーティー『リセプション』のリーダー様、ビティが正真正銘のゴミカスだからである。
今までの行動からでも十分わかるとおり、奴の性格は最悪だ。
確実に見下せる弱者をよってたかって虐めることに幸福を覚えるモンスター。
尊法意識が欠片もない昆虫レベルの倫理観。
豊富なパワハラ経験を培ってきた醜悪な精神性は紛うことなきクズの一言。
現に今、紅茶を二回空にするほどの時間が経ったにも関わらず幻覚の俺を虐め続けており、弱者が悶え苦しむ様子を前に大変ご満悦な様子。
俺は間違っても実力があるとは言えない。極めて凡庸な幻想術士であるが、代わりに人格もそこまで極悪じゃない。どちらかと言えばまとも寄りの人間だと自負している。
相対的常識人がこのカスの下で二年も働いた結果、導き出されるのは常識的な結論。
尊敬できる点が何一つないゴミ上司の元を、離れたくて離れたくて仕方がなかったのである。
かといって自分からパーティー離脱を申し出るのはよろしくない。
蛆が湧くレベルで性格が腐ったビティのことだ、俺が追放を望んでいると知れば間違いなく奴は妨害に走る。
穏便にパーティーから離脱するため、追放に驚き悲しみ抵抗しているよう、悲劇を演じる必要があったのである。
「これで俺は自由の身だ……!」
そうして誓う。
こうして自由な身分を手に入れた以上、ゴミカスの顔色を伺うような生活は二度と送らない。
これからはもっと自分勝手に、自分のための人生を送ってやるのだと。
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