異世界転生ってチートとかもらえるんよね。え?ちゃうの?

@gamiriku

第1話 年の瀬

さすがにこのままアニメをダラダラと見るのは良くないと、電源ボタンを押しテレビを消す。

一人暮らしで普段は誰も家に来ないから。とサボっていたことや、物を中々捨てられない性格も相まって、年末の大掃除は終わる気配がなく、ただただ山崎妃奈やまさき ひなの時間と体力、そして気力を削っていった。


「はーー。なんでこんないっぱいペットボトルのからあんねん。って、全部私が飲んだんやけどな…」


いつものノリツッコミも、今の疲れきった妃奈がするとツッコミというより、空元気からげんきにしか聞こえなかった。


「あーあー。私がエルフとか、そういう魔法使える種族の生まれ変わりかなんかやったら、こんなゴミちょちょいのボンやけどなぁ」


ついさっきまで見ていた年末特番のアニメに出てきた精霊や、魔法使い達に思いを馳せる姿は、とても22歳独身OL(製造業)のそれとは思えない。友達もほとんど居らず、彼氏いない歴イコール年齢を地で行く妃奈にとって、アニメや小説のキャラクター達が何よりの救いだった。特に、さっきまで見ていた主人公はかっこよかったな。老いた魔法使いがメインキャラクターなんて珍しいし。と、余韻に浸りながら立ち上がる──。


と、転がっていたからのペットボトルに足を掬われた。


「あひっ!?」


バランスを崩された妃奈は驚くほど簡単にひっくり返る。

中高を万年帰宅部で過ごした妃奈が受身うけみなどとれるはずもなく、後頭部からダイレクトに床に崩れ落ちた。

ゴツン、と鈍い嫌な音が響き、その後は暫く静寂の時が流れる。そして────。


「アタタタ…」


寝起きの妃奈のなにげない呟きに驚いたのは、妃奈自身であった。自分が発したはずの声が、いつもと違うのだ。やはり自分は死んでしまったのでは。とまた考え込むが、考えるために手を組んだポーズで、より明確な変化に気づく。


「え、胸、なくなって、え?」


ぺたぺたと自分の胸を触る。…無い。平らだ。


変化と言えば、よく見てみればココはそもそも自分のアパートと全く違う場所では無いか。と、脳内でツッコミを入れつつ、状況を整理する。

そして。まさか、馬鹿げている。とは思いながらも、部屋の中を歩き、壁に備え付けられていた鏡を覗き込む。


「え!?」


妃奈の目の前には、いつもの普段着のパーカーとスウェットのズボン、黒髪黒目の三白眼の少し暗めな女子。ではなく、金髪赤眼の少女が立っていた。

こうして静止して立っていると、精巧な人形かと思えるほど端正な顔立ちがより非現実感を漂わせていた。それこそ、アニメで見たエルフや精霊のような綺麗な面持ちだ。

自分が鏡を見たはずなのに、なぜこんな美少女が写っているのか。その答えは、妃奈にとって一つしかなかった。


「私、異世界に、転生した?」


転生なのかどうかはさておき、ここが異世界なことは間違いがなさそうだった。でなければ、あんな風に“フワフワとぬいぐるみが宙を浮かぶ”はずがない。


「あ、え。私、掃除の魔法だけ使えるようになるだけでええねんけどな…」


状況を再度確認する為、妃奈は周囲を見渡した。


ここはどうやら少女の自室のようで、木製の家具とベッド。そして沢山のぬいぐるみが浮かんでいる以外は、割とシンプルな部屋だった。

しかし、そんな事より妃奈にとって一番のポイントは、ペットボトルのからどころか塵1つ無いほどに清掃が行き届いている点だった。


「私の住んでたトコと大違いやなぁ。こんだけ綺麗なら、大掃除も楽やねんけどなぁ」


大きめの独り言を言ったあと、妃奈は重大なことを思い出す。

そうだ。楽。楽ができるのだ。この世界は、妃奈が望んだ『魔法でちょちょいのボン』ができる世界なはずのだ。


「てことはぁ…!」


ゴクリ。と、生唾なまつばを飲み込み、そのセリフを言う準備をする。

いつか見たアニメと全く同じ構図になっていることに、心臓が高鳴っていく。

そして、妃奈は満を持してそのセリフを発した。


「ステータスオープン!!」


…………。

………。

……。

…。


何も、起きない。


「…いやなんか起きろや!」


その後も何回か唱えてみたり、『スキル発動』『チートオン』など文言を変えたりして試行してみたが全て無駄に終わった。

どうやら、異世界転生と言っても妃奈が予想していたモノとは勝手が違うらしい。

諦めきれない妃奈は、せめて魔法の一つでも使えないかと『ファイアー』や『サンダー』など思いつく限りのそれっぽい英語を片っ端から唱えていく。


それから数十分後。


「はぁぁあ!降臨せよ。氷柱・クラッシュ・ポセイドン!!」


いよいよヤケクソになって訳の分からない事を言い出す妃奈の声は、ついに届いた。


ドンッ!


急な物音に妃奈の身体がビクンと跳ねる。

音は扉の向こうから聞こえてきた。

まさかあんな言葉で本当に海神が召喚できるとは思ってなかった妃奈は恐る恐る扉に近づき、そっと声をかける。


「ぽ、ポセイドン様でいらっしゃいます、か?」


問いかけるやいなや、声が返ってくる。


「何言ってんの!朝からギャーギャーうるさいよ、早く学校行く準備しなさい!」


ポセイドンだと思っていた声の主は、察するに少女の母親だった。

え、全部聞かれてたん?恥ず。と、一瞬思ったが、それよりも新たな疑問に興味が移る。


(学校…?)


妃奈の異世界生活はこうしてスタートしていった。

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