堤防への手すり

カニル

堤防への手すり



きっと綺羅やかな姿の天使が私には見える。


仰向けの体と物事を捉える大事なてっぺんはいつも私を乖離する。

頭では明日ある友人との集まりに期待を募らせ、その際に何を話そうか、何処へいこうか、夜は何をしようかを年甲斐にもなく心に浮んだたせる。今から丁度24時間後だが、今からでも家を飛び出て足をアニメーションのようにぐるぐると回転させ、砂埃をあげながら遊びに向かいたいほどだ。

しかし、未だに体は、微かに埃が舞う部屋にて静寂を保つ。

背はしわくちゃのシーツをひいたベッドに緩く縫い付けられ、腹は布団を間に挟み、天井を捉える。その全てを第三者かのように見下ろす目が付いた頭部は、今は窓ガラスで少し曇った外の明るさだけを眺めている。辺りが暗く差し掛かり始めた頃、ふと時計を見やる。目が覚めてから3時間弱、私はただ横になっていた。

そんな私の脳内にきっと天使だと思う何かが尋ねてくる。

「何をする?」

私はその言葉に、より深く考えないようにと、纏っていた布団を勢いよくめくり、それにより宙へと舞い上がった埃が部屋に降る。

埃が地面へと落ちていく速度のように身支度をする。ゆっくりとゆっくりと。

ウィンドブレーカーを一枚、寝巻の上から被せそのまま外へと向かう。

今は12月の半ば。寒いかと思ったが服装を着こむことが億劫で、それによって伴う寒さを受け入れることにした。

天使によってせかされた私は誤魔化すために行動を起こす。

行動、といっても褒められるような大層なものでは無い。現に私はただ平日の夜に差し掛かるこの時間帯に、寒そうな格好で散歩に向かっただけだ。

目的もないただ歩くだけの散歩。そんな時は決まって近くの堤防へと足が動く。

三時間かけてじっくりと温められていた体はそう簡単に冷めやる物ではなく、じわりとした温度が体の内から私を包んでくれる。だから思いのほか寒くは無い。

辺りの家からは明かりが外へと漏れ出ており、そこから夕飯の匂いも流れてくる。そういった景色を後ろに歩くことが嫌でか、足早にその場を抜けようとする。すると、びゅおう、と音が鳴る。

抜けた先の道は高い樹々と、建造物によって囲まれていた。左手には神社の境内にある生い茂った木々の隙間から、神社の更に向こう側にある堤防から吹く風を通し、右手にある様々な生活の色と音が無数のベランダから放たれているマンション群へと風が抜ける。その道を通る私は文字通り隙間風を受けていたのだ。冷たい風が体にあたる。しかし、寒くは無い。未だに体の芯からの温かさが私を守る。体は温かい。だが私の頭まではその熱は伝わらない。

何故、生活を勤しむ者にとって、きっとある意味では最も忙しい時間帯にただ何となく散歩をしているのだろう。せめてその代償に、凍結するほど寒ければいいのに、と私はあのマンションの光や先程香った匂いに、せめてもと体を責めたくなるのだ。

私の体と頭はいつも私を乖離する。

まるで寒がるように上着をぎゅっと体の内側に寄せ、人間のふりをする。

「何をする?」

天使がまた私に尋ねる。

私は自責を止めて散歩へと集中する。

この天使はきっと私が乖離した際に私を救う為に行動を促すのだ。それ以上乖離しないように。

左を曲がり堤防へとつながる一本の道に出る。そこには少し先の方に、長い年月が経ち黒ずんだ石で出来た傾斜とその傾斜を上がった先にある堤防沿いの道路、そしてその数段上に堤防の歩道が横へ横へと広がっている。

堤防までの道の正面に、丁度傾斜を上るための階段が傾斜に沿って真っすぐ置かれている。堤防の歩道へと向かう為、階段に向かう。

その時、ふと階段の一部に目が留まる。その階段の中央、銀色の鉄製の手すりが、階段を左と右に二つに分けている。その手すりに目が留まったのは光沢が目の一番に入ったからだ。その光沢は側にある外灯の光を反射して生まれているものだと気付き、辺りが暗くなっていることを再認識させられた。

ほんのわずかにその階段を見つめていると、足が止まってしまった。

たぶん美しさに似た何かを、その手すりに、もとい階段に感じたのかもしれない。私はこの綺麗に二つに分けられた階段のどちらかを選び、足を伸ばさないといけない。選択を迫られているような、脅迫概念に近い感覚を覚えたのだ。

これを意識したうえで、この階段を左からか、右からか、登るのかを選んでしまう事が、私の全てを決定付けるような、そんな気がしてならないのだ。そう思うと私は、この目の前にある階段の右か左かの二つしか、私には道が無いのだろうかと、選ぶことでさえ躊躇してしまうのだ。今私は間違いなく、世界の誰よりもこの目の前の階段だけを見つめている。

しばらくこの不思議な感覚に身を落としていると、ふと思い出す。

「二分の一が嫌い。それを選ばなくてはいけないその状況が嫌だ。」

明日会う友人の中の一人の言葉。彼が思い放った言葉の意味とは完全に一致しないかもしれない。でも今の状況をすんなりと当てはめることが出来るがゆえに、思い出してしまったのかもしれない。

ただ階段を登るだけのこと。こんなことにこのような感覚を覚えてしまう人間性と、それに至るまでの緩やかな時間が、ただただ私を追い詰めたがるのだ。だから、せめて自ら二分の一を選ぼうと、意を決してなんのけなしに右の階段を踏み抜こうとしたその時、辺りに改めて目を配ると、左右に等間隔に同じような階段が点々と配置されていたのだ。私はその場で笑ってしまった。

どんな時も、自分から選択肢を狭めているのだと、強く実感したのだ。私は軽い足取りで右か左かどっちかを選び堤防の散歩へと歩みを進めた。

何故か心の中いっぱいに「よかった」が満たされる。世界は広いのかもしれない、そう思えたからだ。

より冷たい風を受けながら散歩をひとしきり楽しんだ私は、来た道を戻る。

帰り道、階段を下る為に手すりに手を掛ける。よく見ると小さく細かい傷が所々にある手すり。その先の平坦な道に、天使が笑顔で立っていたのだ。

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