第26話 – 裸の訓練場
警報の音は顔面を殴りつけるように響いた。爆発するかのような轟音が宿舎の静寂を引き裂く。弓月は息を切らして目を見開いた。心臓は激しく鼓動し、混乱した夢に捕らわれた意識がまだ現実に戻りきらない。彼女は跳ね起き、両手で耳を覆った。天井の赤い非常灯が狂った心臓のように脈打っていた。
周囲では他の少女たちが急いで動いていた。まだ寝ぼけた者もいれば、慣れきった表情の者もいる。言葉はなく、床を踏みしめるブーツの音だけが響く、緊迫した軍隊的な空気。
弓月は立ち上がろうとした。脇腹の痛みはまだ残り、マルタとの戦いの記憶を鮮明に蘇らせる。しかし、誰も彼女のために歩調を緩めようとはしない。急いで制服を着込み、部屋を出ようとした時、不意に優しい声が耳に届いた。この場には不似合いなほど柔らかい声だった。
「初めて?」振り向くと、短い黒髪の少女が微かに微笑んでいる。
目は活気に溢れ、制服をまるで生まれた時から着ているようだった。
「うん…。弓月よ。」彼女は控えめに答えた。
「私は祭(まつり)。来てもう三週間になるわ。心配しなくていい。今日はせいぜい口で殴られるくらいよ。運が良ければ、だけど。」弓月は微笑もうとしたが、うまくいかなかった。
二人は他の同年代の少女たちと共に廊下を進む。待ち受けていたのは青空陸(あおぞら りく)だった。表情は無感情で、背中に両手を組んでいる。
「整列。黙ってついて来い。」
施設の裏までの行進は数分だった。朝日が高い格子の隙間から僅かに差し込み、すでに空気は蒸し暑かった。鉄製の門を越えた先に広がるのは訓練区域だった。
弓月は現代的で整備された施設を想像していた。
しかし目の前に広がるのは泥だらけの荒れ地で、壁をよじ登る障害物や、淀んだ水の満ちた溝、ぶら下がったロープ、有刺鉄線の下を這う区間などが雑然と並んでいた。何の安全対策も施されていない、剥き出しの危険地帯だった。
陸が少女たちに向き直る。
「ここが『裸の訓練場』だ。生きて出るか、それとも消えるか。二つに一つだ。」全員が押し黙り、弓月は息を呑んだ。
訓練は始まった。炎天下のランニング、壁のよじ登り、重い土嚢を持っての運動。
まだ回復しきれていない弓月の身体は思うように動かず、ぎこちなく、遅れがちだった。陸は無言でその様子を観察し、小さな手帳に何かを書き込んでいた。
有刺鉄線下のコースに到着すると、弓月は自分の順番を待つよう指示される。他の班が泥まみれになりながら次々と這っていく。祭が励ますような目配せをしてから、地面に飛び込み、訓練を開始した。
その時だった。細身の少年が懸命に有刺鉄線の下を這っていた。先行する仲間に遅れを取って必死にもがいていたが、突然、悲鳴が響いた。
「痛っ!」弓月は反射的に駆け出そうとしたが、陸の手が彼女の腕を掴んだ。
「やめろ。自力で対処するしかない。」少年の手は何か鋭利なものガラス片か金属片かで切れていた。
だが最悪なのはその後だった。痛みに耐え切れず急激に身を起こした彼の首が、垂れ下がっていた有刺鉄線に絡まったのだ。
少年はもがき、動きが弱まり、血が胸元を赤く染めていく。
「やめて!誰か助けて!」弓月は震えながら叫んだ。
陸は無表情のままだった。
「規律には代償がある。不注意にもな。」少年はもう一度だけ痙攣すると、動かなくなった。
訓練場を奇妙な静寂が支配した。鳥さえも鳴きを止めていた。
弓月は口元を覆った。その視線は無意味で、避けられたはずの死に釘付けになっていた。祭が蒼白な表情で静かに近づいてきた。
「こんなの、ここでは珍しくないわ。」弓月は答えなかった。
訓練終了の合図が出ると、少女たちは泥のついた足で無言のまま隊列を組み、施設へ戻った。遠くには血溜まりがまだ見えていた。安全な壁の内側に戻ると、弓月は足を止めた。
「これは訓練じゃない。ただの虐殺よ。」ゆっくりと振り向いた陸の目に感情は無かった。
「ようこそ、軍隊へ。」弓月は長い間その顔を睨みつけた後、目を逸らした。
心のどこかで何かが砕け散った。だが同時に、何かが燃え始めていた。
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