第24話 - 契約

リエンとの対峙のあとに訪れた沈黙は、先の罵声よりもいっそう耳障りだった。


下月は肉体的な罰を受けることはなかった。鞭打ちも独房もない。ただ、その日の残りは暗い洞窟の隅にひとり隔離され、交代勤務の間、誰とも交わることを許されなかった。心理的な孤立であり、罰だった。仲間たちも声をかけず、レンジもアモンも無言で視線を交わすだけだった。まるで、下月の存在が突然、居心地の悪いものになったかのようだった。


眠りは訪れなかった。疲労は身体を支配しても、思考だけが走り続ける。カズキの声や笑い声、レンジとの約束、正義なきトシローの死。そしてリエン―硬い壁のような彼女の仮面の奥に、確かに見えたためらいの影。仮面のひび割れ。


まず近づいてきたのはアモンだった。彼はいつものゆったりとした足取りで言った。

「リエンが呼んでいる。東の監視所へ、一人で来いと」

下月は問い返した。

「何を用意しておけばいい?」

「さあな。今は決着をつける気しかないようだ」

そう言うとアモンは去っていった。


下月は洞窟の主要トンネルを進み、東の監視所へ向かった。まだほかの労働者は眠りに就いており、湿った岩床の冷気が服を濡らす。吐く息が白く立ちのぼり、闇が足音を飲み込んでいく。


やがて錆びた小さな見張り塔が見えた。横穴へ小さく突き出した金属製の小屋だ。そこにリエンがいた。彼女は箱の上に胡坐をかき、腕を組んでいる。作業着の軽いジャケットを羽織り、顔は薄暗がりに隠れていた。


「仲間を連れてこなかったな」リエンが言った。


「あなたが呼んだんだ」下月は数歩前へ踏み出す。


「来られる度胸はあると見た」


「来るとわかっていたから」


「本当か。どんな顔で」


ふたりの間に沈黙が流れた後、リエンが立ち上がった。


「どうしてここに連れて来たか、わかるか」


「わからない。でも信じたい」


リエンは無言で洞窟の闇を見つめる。やがて振り返った。


「お前が俺をかばったからだ。バイロンの前で俺を追い詰める機会はいくらでもあったのに、しなかった。なぜだ」下月は一歩近づいて答えた。


「お前に人間味を見たからだ。そしてここを変えたいなら、まず俺の声を聞ける相手に行かなければならない」リエンは背を向け、先ほどの闇へ視線を戻す。


「人間味……ここでは滅多に聞かない言葉だ」


「お前が今のままでいる必要はない」リエンは苦笑した。


だがそこに喜びはなかった。


「誰もがそう思う。思い込む。俺にも家族がいた。失うものがあった。今は何も残っていない」


「まだ選ぶことはできる」リエンはまた無言になり、ふたりの間に重い空気が流れた。


やがてゆっくりと下月へ振り返る。


「お前は逃げたいのだろう。それは誰もが望むことだ。しかしお前はただの脱走で終わらない」下月はさらに一歩踏み出す。


「仲間を解放し、バイロンを倒し、この場所を地上から消し去りたい。妹のもとへ帰るために」また沈黙が落ちる。


リエンは下月へ近づき、顔をわずか数センチまで寄せた。


「本気なら俺を納得させろ。ここで死んだ多くの愚か者とは違うと思わせろ」下月は目をそらさず答えた。


「証明させてください。時間と機会をくれれば結果を見せます」リエンはじっと見つめ、やがて静かに頷いた。


「今は聞くだけだ。ただし一歩でも間違えたら、俺が骨を折ってやる」下月は久しぶりに笑みを浮かべた。


「約束します」リエンは去り際に振り返り、声をかけた。


「明日の夜勤だ。旧記録室へ来い。誰も邪魔には来ない。計画があるならそこで話せ」そう言い残し、洞窟の闇に姿を消した。


下月はその場に佇み、鼓動が耳に響いた。これが契約の始まりだった。戦いは、今ここから本格的に幕を開ける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る