破:(2)要請という名の命令。



 ディアナ村。


 ディアナ民族の暮らす村。


 私達は平穏に暮らしていた。


 特に私は狩りをして、村の食糧を確保する仕事をしていた。

 クマや狼。それなりに危険はあったけど、存外悪くない生活だった。


 だが、そんな暮らしも突然、外からやって来た"アイツラ"のせいで全部崩れた。


 アイツラは私達の文化、言語、名前、すべてを否定し、自分達の文化を強要した。


 皮肉なことに、そんな中でも私達の知らなかった『学問』が生活を豊かにした。


 約十年間。

 元々ディアナ民族の使っていた言葉が似ていたこともあってか、新しい言語を習得するには十分な時間だった。


 何もかもが新鮮で魅力的だった。だから、ディアナの中で特に反抗したのは少数。

 正直、悔しい。

 皆、私と同じだと思ってたから。


 たとえ皆が許しても、私は許さない。

 

 そして、その"アイツラ"を探す手掛かりを今日、見つけた。


***


 精霊『マリセド』。

 ディアナ民族の信仰する神で、マリセドは非常に抜け目がなく、人に姿を見せない。

マリセドは孤立する人間に囁やき、精神的苦痛を与える。その精神的苦痛に耐えられなくな った旅人が自殺することは珍しくないらしい。


「絶対に一人になるな。と言いたいところだが、マリセド様が取り憑くのは腹をすかせる食いしん坊だけだ」


 ディアナ村の尊長、《ウォン》は言った。


「な、なるほど。ありがとうございました。」


 先住民族の村長と言えば年老いた女性だと勝手に想像していたが、実際は顔の整った青年だった。


「あと、キミたちの国の軍人だっけ? アイツラは良いやつだったよ」


 私は誤解をしているのだろうか......いや、それはない。オフィティカの反応を見れば、遠征隊について良い印象を持っていないようだった。


 村人の認識はそれぞれ違う?......


「まぁ、俺はなんか、いけ好かないヤツだったと思ってるけど」


「それは......なぜです?」


 ウォンは少し険しい顔をした。


「......あの目......あれは真に俺達の、ディアナの繁栄を願ってるような目じゃなかった。どちらかというと、自分の......利益を求めているような目だった」


 思い出しながら話しているのだろう。所々、会話が止まっていた。


「だが、お前らは違う。その目を見ればわかる」


 オフティカと違い、目を見ただけで判断したようだ。


 ここに来るまで、オフティカがウォンに私達のことを話した様子はない。


「ところで、その軍人たちはどこへ? 一見、この村にはいないようですが......」


「あぁ、この村には誰一人としていない。そしてその軍人らがどこに行ったのかは知らないぞ」


「そうですか...十分な情報ありがとうございました。またよろしくお願いします」


「あぁ」


 そう言い、私はウォンの家から出ようとした。


「あ、そういえば、村の者が「軍人同士が共食いをしていた」と言ってたぞ? "キミら"も一度仲間のところへ帰ったほうが良いんじゃないか?」

「......わかりました」



『キミら』。

 外で待機している海兵のディックのことも見抜いたか。


 それよりも気になるのは、仲間同士での共食い。


 基地で待機している船員達が心配だ。すぐに戻ろう。



「おい! 待て!」


 荷物を持ち、帰路の坂道を半ばまで歩いたところで突然後から声をかけられる。


 この声色は......オフティカだ。


「暴風雪に気をつけろ。あと少ししかない」


 帰り坂の上で、仁王立ちをしていた。


「......そうか、教えてくれてありがとう。君こそ外へ出ないよう気をつけるんだぞ?」


「そ、そんなこと...わかっている!」


 ウィンは自分の話が終わり、そそくさと村の方へ帰っていった。


「あの女、怪しい感じがします」


 海兵のジャックが言った。


「そうかもしれない。私も実際、何かを企んでいるように見えた」

 

 ウィンの受け答えが少し不自然だったような気もしなくもない。


 とわいえ今は情報がほしい。


 私達の目的は議会からの命令を遂行すること。


 そう。命令に、忠実に。


***


 ディアナ村から徒歩で三時間。これでも急いだ方だった。


 仮設基地に明かりはあるが、隊員の姿はない。見張りの当番すらいなかった。


「船長!戻られましたか!」


 ヤング君が駆け足で私の前に立つ。


「ヤング君、隊員を一人も見ないのだが......何が起きている?」


「現在、隊員六十名がテント内で床に臥せっています」


「どうして......そんなことに......」


 ジャックは動揺していた。


「船長らが先住民の村へ旅立ってから、私達は朝食をとっていました」


 ヤング君の発言から察するに......


「この事態の原因はその食事にあるということか」


「だと思われます」


 船内に積み込んだ食糧は、長期保存可能な缶詰型だった。


「缶詰め......確か製造会社が納期に間に合わず、即席で生産したと言っていたな」


「はい。鉛製の缶です」


 鉛......なるほど、つまりは......


「隊員の症状からして、鉛中毒だと思われます」


「ふむ......。船内にある全ての缶詰型の食糧を破棄しろ。その他に危険性のあるものがあれば、医師と技師の判断の下に行動しろ」


 仕方ない。鉛が溶け出している危険がある以上、もはやそれは毒だ。


「船長、これでは任務の続行は不可能です。撤退すべきでは?」


「いや、それはできない。議会曰く、隊員の九割が行動不能にならなければ作戦の中断を認めないそうだ」


 今回の遠征の総動員数は前回と同様、百名少し。


「とはいえ、負傷している者をこのままにしておくわけにはいかない」


 ここでの治療は不可能。少しでも希望のある選択は一つ。


「沖に停泊しているウェンズ号に鉛中毒を発症している者と、数十名の医師。そして、船を動かすことのできる最低限の人間を乗せて、本国へ帰還させろ」


「了解しました。隊を今すぐ結成します」


「あと、本国へその件の連絡も忘れずに」



 こうして隊員の半数以上が、作戦続行不可能となった。

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