やがて精霊術師へ。

C.C.〈シーツー〉

序:北極前線


 現在、我々は目的地進入路付近にいる。

「本国の首都近辺よりも寒いんだな。ここは。」

 それもそのはず。

 何故ならここは、北極点に近いからに他ならない。

 

 ここは、未だかつて人類が到達したことのない大陸。

 我が帝国は、他国との戦争へ向けた南方と西方の二正面作戦を展開中だ。

 上文で承知の通り帝国の現状は芳しくない。

 そこで暇そうな海軍に目が付けられたわけだ。

「船長、朝食の用意ができました」

 この白い制服に、小太りの中年はこの船の料理人を担当している。

「あぁ、わかった」

 出港してからわずか二日。交代制で操船しているものの、その時間は5時間強。

 既に足の感覚が半分なくなっている。

 だが、これも一旦終わりだ。

 あとはヤング君に任せるとしよう。


***


 朝食を終えた後、船が氷山にぶつかってしまい、一時上陸していた。

 眼前に見えるのは、数々の船員が船に繋がる縄を持ち、必死に引っ張る姿だった。

 船長という役職は基本重労働だが、こういう時こそ上官の機嫌取りをしてきて良かったとつくづく感じる。


「ケイム大佐、周辺地理の地図作成が終了いたしました」

 背筋を伸ばし、敬礼姿勢をしたこの男は......

「ヤング君。ここでは『船長』と呼んでくれ。たしかにここは陸上だが、今は海軍だ」

 ヤング=ストーラー。今回の遠征隊で航海士を務める軍人だ。前回の部隊では海軍ではなく陸軍だったようだ。

 それも、最前線で戦っていたという話もある。

「あぁ、すいません。つい癖で......」

 元帥閣下の前では無口な初老の兵だというのに、私の前では何故か腰が低い。

「船長!どうやらこの地には私達以外に人間がいる可能性があります。」

 探索に行っていた海兵が帰投した。

「なぜそう思う」

「これが......」

 海兵が取り出したのは、何かを運ぶための木製ソリだった。

 この未開拓の地に、我々以外の帝国の人間がいるはずがない。

「なるほど、つまりは先住民族というわけだ」

 これだけ大きな土地だ。文明があってもおかしくはない。

「今後、その先住民族と対面する可能性もある」

「今すぐコンタクトをとりますか?」

「いや、今は必要ない。我々の任務はあくまで領土拡大を目的としたこの新大陸の調査だ。下手な接触は避けるべきだ」

 議会からの要請は二つ。

 一つは言うまでもないが、新大陸の調査。先住民族がいるとなれば、おそらく国交を開くか植民地化するかの二択。

 もう一つは....

「クソ!......シロクマが出たぞ!!」

 突然、どこからか叫び声といっしょに聞こえた。

「海兵隊!今すぐ撃ち殺せ!!」

 四日間の探索からようやく帰ってきた海兵隊は疲れる様子も見せず、フリントロックピストルの照準をシロクマへ向ける。

「統制射撃用意!!打ち方始め!!」

 私が号令を放つと同時に、けたたましい轟音が純白の世界に響く。

 だが、その白はやがて赤へ変わる。

「さすが、国営なだけある」

 海兵隊は一瞬の狂いもなく、綺麗に敬礼をした。


***


 時刻は午前零時をちょうど過ぎたころ。

「船長、少々お時間をいただけないでしょうか」

 折りたたみ式テントの中で休憩を取っていた私は、航海士のヤング君に声を掛けられる。

「あぁ、問題ない」

 ヤング君はテントの中に入り、昼間に作成した地図を取り出す。

「お手数ですが、この地点まで同行願えないでしょうか」

「......どうした」

「実は............」

 ヤング君は不自然に黙り込む。

 なにか、言いにくい事があったのだろうか。

「まぁいい。後、他に連れて行く者は?」

「そうですね、牧師と海兵を一人づつお願いします」

 その人選にどんな関係があるのかは想像もできないが、ヤング君の言うことだ。きっと何か意味がある。

「わかった......」

 それからしばらくして、私とヤング君、牧師の《ディック》と海兵の《ジャック》が、ヤング君の指し示した場所へ向かっていた。


「ここです。船長」

「なんだ?墓地か」

 そこには盛り上がった雪と、何者かによって建てられた木の棒が刺さっていた。

「先住民族がいるという話だ。墓ぐらいあってもおかしくはないだろう?」

「えぇ、その通りなのですが......」

 ヤング君はそれに問題があると言わんばかりに、真剣な表情をして""それ"を指した。

「こ、これは......」

 一輪の花。

 だが、この一輪の花が表す事実は一つ。

「第一回、遠征隊の墓ということか」

 今から十一年前、ここが発見されて間もない頃。

 本国で最初の遠征隊が結成された。

 総員百名の冒険家達。

 滞在期間は二年。帰ってくるまで二年半かかる予定だった。

 しかし、その遠征隊は帰って来ることはなかった。

「生存している可能性は低いと思っていた。なんせ十一年前だからな」

 我々が新大陸の調査に派遣された理由のもう一つの理由。

 それは第一回遠征隊の捜索だった。

「ディック、英霊たちに弔いを......」

 牧師のディックは墓の前に近づきX型のペンダントを取り出す。

「たしか......一回目の遠征隊の人数は百人程度でしたよね?議会から生存確認をするよう命令されていますが......」

 もちろん、百人全員が死亡しているわけではない可能性もある。しかし、それらがどこへ行ったのかは不明なままだ。

「安心しろ航海士。報告書に行方不明者と記せばいいだけの話だ」

 海兵のジャックが言った。

 ジャックは部署が違うためあまり詳しい情報は知らないが、上官向きでないことは確かだ。

「だが、最低限は捜索するぞ」

「了解です」

「念の為、墓を掘り起こして所属を確認する前に、先住民族に話を聞こう。この墓が帝国軍人のものだという保証はない。」

「そうですね。船長自らが訪問なされますか?」

「あぁ、その予定だ。わざわざ隊を選抜する必要はない。」

 仮設基地へ帰ろうと墓を背にすると同時に、背後から轟音が響く。

 それは、まるで死者の雄叫びのようだった。

「何だこの声は!?」

「わかりません!狼でしょうか!?」

 墓の方を振り返るも、暗闇のせいでナニがいるかわからない。

「航海士、松明を投げろ」

「了解です」

 私の命令に従い、ヤング君は周辺の情報を探るために灯りを投げた。

 それにより、見えたものは......

「に、人間!?」

 まるで狼のような四足歩行で、こころなしか、目が赤く輝いているように見えた。

「全員、今すぐ逃げろ!!」

 私とヤング君が先頭で海兵がピストルを使い、"それ"を牽制する。



 ようやく安置(基地)に到着した頃。

「船長、あれは一体何なんですか!?」

 ヤング君が珍しく動揺している。 

「一瞬だったが、軍服が見えたような気がする」

 あれは、あの色は、たしかに我が海軍の制服だった。それも十一年前の。

「ば、馬鹿な。幽霊とでも......」

 現実が受け入れられない海兵。

「とりあえず、今日はもう寝ろ。後、このことは他言するな」

「......混乱を招かないためでしょうか?」

 航海士兼副長なだけあり、理解力がある。

「その通りだ。」


 あの化け物は一体何だったのか。

 これは、先住民族に詳しく聴取する必要がある。


***


 今思えば、この世の道理に反するモノがいた時点で本国へ帰投するべきだったのだろう。

 この先、十一年前と同じような惨劇が起こるなど、わかるはずもない。


《続》

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