仮面恋愛 ~好きになった『推し』は、一番嫌いな人でした~
鍵宮ファング
プロローグ 「仮面恋愛」のはじまり
石護市中央区。この場所は、サブカルの聖地だ。平日でもコスプレイヤーや動画配信者達が集まっている。このボク
しかしいくら楽しい場所でも、“絶対に安全な場所”は何処にもない。気弱な人は特に、街に蔓延る獣に襲われてしまうことがある。それを思い知らされた頃にはもう、遅かった。
「いいじゃねえかよぉ。ホントは俺達と遊びたいから、一人でうろついてたんだろ?」
「違います、やめてください……」
「怖がるなって。ちゃんと金は払うし、何の問題もないっしょ?」
顔も知らない男達が、ボクの腕を強引に引っ張る。何の抵抗も出来ずに連れられて、気が付けば路地裏に足を踏み入れてしまっていた。
そういった経験は全くないし、男同士で抱き合う趣味のないボクでも、ここがどこに繋がる道で、これからボクが襲われてしまうことくらいは理解できた。
それに端から見れば、ボクは桃髪ツインテールの地雷系女子。未成年との不純行為は問題だけど、問題はそれだけじゃない。
「お願いします、本当にやめてください……」
太ももにすり寄ってくる腕を押え、必死にスカートの中を守る。
何故ならボクは、男だから。そう言っても信じられないかもしれないが、このスカートの下には彼らが持っているモノと同じものがある。つまるところ、ボクは女装をしている。
とはいえ、別に男同士で抱き合う趣味とか、お小遣いが欲しいからこんなことをしているのではない。
ただ可愛いものが好きで、その可愛さを売りにインフルエンサーをしているだけだ。
でも、それ故に大きな勘違いをしていた。この街なら襲われることなんてない、と。
ボクの小さな油断が、彼らを寄せ付けてしまった。
「てかさあ、そんなヤバい格好しといて誘ってないワケないだろ」
違う。ボクの趣味だ。
「安心しろ。オレ達ちゃんと上手いから」
安心できるか。そんな趣味はない。
強気に出て言い返したくても、ガッチリと腕を捕まれた今、ボクの喉は恐怖で動かなくなっていた。もっとも、元から声が小さいので叫んでもほぼ無意味だけど。
もっとボクに勇気があれば、抵抗できる力があれば、早めに男であることを言っておけば。
何度後悔しても、こんな所に来てしまった以上どうにもならなかった。
(お願い……誰か助けて!)
ボクにはもう、助けが来るのを願うことしかできなかった。しかしいくら祈ったところで、こんな性欲に塗れた場所で助けに来てくれる人なんかいない。
――そう思っていた時だった。
「おいお前ら、オレの彼女に何の用だ?」
ドスの効いた声が路地一帯に響く。男達が振り返った先には、フードを被った長身の青年が立っていた。
その瞬間、男達の表情は一変し、青年の方をギロリと睨み付けた。
「んだテメェ、この子はこれから俺達と遊ぶんだけど?」
「そんな風には見えないけど? 怖がってるのが見えないのか?」
だが彼は男達の威嚇に怯むことなく、ゆっくりとボクの方へと近付いてくる。
「お、お前……! 何なんだよ一体! 何者なんだ!」
訊かれると彼は徐にフードを取り、その顔を露わにした。
色白できめ細やかな肌、切れ長二重の瞳、煤色真ん中分けの髪。そして圧倒的な身長。
まるで白馬に乗ってやってきた王子様を彷彿とさせる彼の姿は、子供の頃に憧れたヒーローのように、この目に映った。
「通りすがりのコスプレイヤー。ヒビキだ。覚えとけ、クズ共」
これが、ボクとヒビキさんの、初めての出会い。そして、正体を知らずに付き合う、『仮面恋愛』の始まりだった――。
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