10.部屋に閉じこもってばかりじゃ、ストレスが溜まるよねって話
目が覚めると、朝だった。やっぱり、元の俺に戻ったわけではなかった。俺はぼんやりと窓辺に寄って、カーテンを開ける。
この世界にも四季があるのかわからないが、今は暑くも寒くもなく、過ごしやすい季節だ。時計がないから何時かは不明だが、日は高い。少し寝坊したようだった。
でも、妙だった。いつもなら、あの三人の誰かにもっと早い時間に起こされて、朝飯が出てくるのに、今日はまだそれがないようだった。
そう思っていると、控えめにドアがノックされて、顔を出したのはシャルロッテだった。
「おはようございます、ユリウス様。今日も良いお天気ですね」
彼女は花が綻ぶような笑みを俺に向けてくる。
だけど、どういうことだろう。彼女たちは、俺を「ユリウス」とは呼ばないはずなのに。そして、シャルロッテは俺と二人きりになるなと言われていたはずなのに、一人で来たようだった。
どう反応したらいいものかと瞬きを繰り返している俺に、彼女は不思議そうに首を傾げる。
「どうかなさいましたか、ユリウス様?」
「いや、その……」
一日目と似たような感じだ。もしかして、時間が巻き戻ったとか? 異世界転移に続いて、ループものの要素も入ってくるわけ?
そんなことを考えていたら、シャルロッテはふと怪訝な顔をして、更に首を捻る。
「あら……わたくし、何かおかしなことを言っているような……?」
そこへ再びドアが開いて、アーネストとシドが現れた。
「妃殿下! お一人でこちらに来られてはなりませんと……」
しかしアーネストは途中で言葉を切り、シャルロッテと同じように首を捻る。
「あれ? なんで俺たち、シャルロッテ様を止めようとしたんだっけ?」
シドも眉を寄せて首を傾げている。二人はシャルロッテを追いかけてきたらしいが、何故そうしたのかはわからないようだった。俺も何が起きているのかわからない。
そこへ、
「おい!」
更に後ろから、ものすごい形相をしたエディリーンが現れた。つい昨日、しばらく来なと宣言していたはずなのに、何だって言うんだ。シャルロッテたち三人は、そんな彼女を不思議そうに見遣る。
エディリーンは三人を順番に見て、それから俺に
「貴様、一体何をした?」
ずいと俺の前に出ると、エディリーンはキツい口調で詰め寄ってくる。
「エディリーン、殿下になんて口を……あら? そうでした……あなた、殿下ではない……のでした、よね?」
シャルロッテは明らかに戸惑っている。自分が何を言っているのかわからないとでもいう感じだ。でも、俺だって何がどうなっているのかわからない。
「妙な術の気配がすると思ったら……わたしの認識阻害を転用でもしたのか。油断していた。偽物のくせにやるじゃないか」
エディリーンは口の端を持ち上げて、物騒な笑みを向けてくる。顔は笑ってるけど目は全く笑っていないというやつを、俺は初めて現実で見た。
「ちょっと待て! 俺は何もしてないって!」
「貴様以外に誰がいる」
俺の襟首に掴みかかってきたエディリーンを、アーネストが慌てて止めに入る。
「エディ、乱暴はよせ! ひとまず話を聞こう!」
エディリーンは盛大に舌打ちを漏らし、俺を解放した。
「――わたくしは、ユリウス様と朝食をご一緒しようとお誘いに……。でも、よく考えたら変ですわよね。そんな使用人のようなことを……。それに、今ユリウス様はいらっしゃらないというのに。わかっていたはずですのに、何故か今朝は、ユリウス様のお部屋に行かねばと思ってしまって……」
首を傾げながら、シャルロッテが自分の行動を振り返っている。
「俺たちも、シャルロッテ様がユリウス様の部屋に向かうのを見かけて、止めないとと思ったんだけど……」
「どうして止めないといけないのかよくわからなくなって……。どうかしていたようだ」
シドとアーネストもひたすら首を捻っていた。
「わたしは王宮からおかしな魔術の気配がして、急いで来てみたらこんなことになっていた、というわけだが……。貴様、本当に何もしていないんだな?」
エディリーンが、縮こまる俺に尚も殺意のこもったきつい視線を向けてくる。俺はベッドの上に正座して、エディリーンが俺の前で圧をかけてきて、他の三人がそのやや後ろにいるという図だった。
「本当に知らないってば……」
なんでこんな目に遭わないといけないんだ。
心の中で恨み言を言っていると、顔をしかめて考え込んでいた様子のエディリーンが口を開いた。
「……貴様、自分の名前が思い出せないんだったな? であれば、自分の記憶を対価にして、願いを叶えているんじゃないか?」
俺も、他の面々も驚いた顔をする。
「でも俺、魔法なんて使えないし……」
「確かに、こんな術はわたしも見たことがない。だが、何かを代償にして何かを成す、というようなことは、もしかしたら可能なのかもしれない。そのような術がお前にかかっているとしたら……。お前、また何かを忘れたりしていないか?」
聞かれて、俺は黙り込む。昨夜の夢の中で、仕事のこと、周囲の人のことを思い出せなかったことに気付いたからだ。
それでも、答えないことが逆に明瞭な答えになってしまうというやつで、エディリーンは呆れたように鼻を鳴らした。
「図星のようだな。お前は自分の記憶を代償にして、願いを叶えている。お前をここによこした何かがそうさせているのか……。だが、無意識にやっている分、願いは不完全な形で叶えられているんだろうな。わたしの認識阻害の札を転用して、姫たちの認識を書き換えたようだが、すぐに剥がれる程度のものだった、といったところか……」
「……」
俺は、皆の認識を書き換えて、この世界に居場所を作ろうとでもしたんだろうか。
「しかし、無意識なら質が悪いな。どこでどう発動するかわかったものじゃない」
エディリーンは渋い顔で俺を見る。そんなことを言われても、自分でもどうしようもないんだから、仕方ないじゃないか。
すると、対策を考える彼らの空気を変えるように、シャルロッテが両手を軽く叩いて立ち上がった。
「ずっと部屋の中に閉じこもっているのもよくないでしょう。お散歩にでも行きませんか?」
明るい声で言ったシャルロッテに、他の三人が慌てて目を剥く。
「そんなことをして、何かあったら……!」
「エディリーンの認識阻害の術があれば、平気でしょう。それに、食べて寝てばかりでは、ユリウス様のお身体に
俺もトイレと風呂以外部屋から出られなくてストレスが溜まっていたところだったから、その提案はありがたいけど。
エディリーンたち三人は、顔を寄せ合って相談を交わしている。
やがて結論が出たようだ。
「……確かに、この状況がいつまで続くかわからないし、閉じこもってばかりで余計なことを考える時間があるのはよくないだろうな。王子の身体が豚にでもなったら大変だし」
そうして、俺は外に散歩に行くことを許可されたのだった。もちろん、誰かの見張り付きだけど。
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