14

5話 男と女と理性の戦い。

「あの、先輩、なんでずぶ濡れなんです?」

 お風呂掃除が終わり、全身ぬれねずみの真也が、疲労困憊といった固いで二人の前に現れたので、二人とも、先程の険悪な雰囲気どころではなく、突然の家主のあまりに悲惨な姿に驚いていた。

 何を隠そう、真也からしたら、邪念まみれのよこしまな妄想を抱いたま、友香と千春の前になど戻れないと思い、あの後もしばらく頭に冷水をシャワーでぶっかけ続けていたのだ。

 当然、びしょぬれである。

「ちょっと着替えてくる。風呂、先にどっちか入っちゃってくれ」

 今時手動でお風呂をという事はなく、そう、自動運転でお湯を沸かしていたのだが、それができるまで、ただひたすらに、シャワーを浴び続けていたのだ。

 真也がなんでこんな事をしていたかと言えば、あの後さらにヒートアップした二人の言い合いは、男子禁制と言えるような内容で、とても思春期の男子が聞いて良い物ではなかったのだ。

 その証拠に、この二人は真也が部屋に戻ってきたときに、そういえば他人の、しかも男子の家だったことを思い出し、二人同時にフレッシュトマトの様に真っ赤に染まったのは言うまでもなかった。

「入ってきてください」

「はぁ、分かったわよ。えっと着替えはっとぉ」

 千春は、真也の部屋に来る前、駅前のコインロッカー特大版、に預けていたキャリーケースをもってきており、その中には下着やら、衣類がある程度詰め込まれていた。

 その中から、適当なものを見繕い、お風呂場に向かう。

 千春がお風呂場に消えたことを確認して、友香は脱力した。

「な、何してるんだろ私」

「お疲れ様。ごめんな」

「え、うわぁ。い、いえ、そのはい」

「それで、何か聞けた?」

 一様、とても恥ずかしい内容も含めある程度聞こえてはいた真也だったが、ここは聞いてないという事にして、聞いてみた。

 だが、友香からは。

「聞けたは聞けたのですが・・・・ごめんなさい。言えません」

「え、ああ。えっと、なんで?」

 色々な意味で言えないんだろうけど、こちらは何も知らない、そう自分に言い聞かせ、知らないのであればその時にどう質問すればいいかを考えたら、自然に聞き返すのが何だろう。

「あの。ごめんなさい」

 どうやら友香は真也に、千春の事情を自分の口からは言うべきではないと思ったのか、たんに千春に、同情してるのか。

 理由は分からないが、真也に下げた頭を、その位置から動かさず、微動だにしないので、真也は、この娘ほんとに良い人だなぁ、と安心してしまった。

「ごめんね。変な事頼んだわ。俺が聞きださなきゃいけないの押し付けたのが悪いんだし」

「いえ、そういう事でもないんですが。と、ともかく私から言えるのは。ごめんなさい、しか言えません」

 どうやら頑なにいう事はしないらしい。

 恋敵だろうにと、真也は今風呂場にいる腐れ縁の幼馴染に、妙な嫌気を覚える。さすがにこんなにできた娘に、アレはないわなぁ。

 真也はそれ以上きけないと思って、とりあえず労いも込めて、再度彼女にお茶を入れてあげて、彼女は彼女で、どう接していいのかわからず、出されたお茶を頂きつつ、自分の顔を隠すように、本を読み始めた。

 程なくして、千春が風呂から出てきて、次は友香の番となったのだが、ここではっと気が付く。着替えが無いと。

「シー君、ジャージ」

「え、ええ?!」

 はいはい、と言いながら、真也は部屋に行き、適当に家の時用のジャージとTシャツを見繕うとリビングに戻り、バスタオルと一緒に友香に手渡した。

「ブラは、我慢して。明日にでも家に帰って取りに行ったら良いよ」

「せ、せせ、先輩の前で」

「はいはい。ほら行った、行った」

 千春はさっきの言い合いで疲れたのか、それともただ単に、もう面倒くさくなったのか、友香の態様を適度に適当にやりながら、彼女をお風呂場へ追いやった。

 もちろん、そうなると真也とは二人きりになるわけで、彼女としては、友香がお風呂場に消えたのを確認した瞬間、そのことに気が付いて硬直した。

 我ながらバカな長馴染みをもったものだと、問いただすはずの真也は、やれやれと首を左右に振る。

「お前って。昔から肝心なところが抜けてるよな」

「うぅ。わ、悪い?! どうせ聞いたんでしょ彼女に。私の事情」

 バツの悪そうにそっぽを向きながら、不満げに千春はそういうが。

「ごめんなさい」

「はぁ、何誤ってるの?」

「彼女それしか言わなくてな。お前の事気遣ってるんだろ」

 真也の言葉が信じられないのか、瞳を見開き、口をパクパクとしながら何を言うべきなのかを精査しているかのように、部屋の周囲に視線を彷徨わせる。

 どうやら相当混乱しているようなので、長年一緒に居た真也としても非常に珍しいなぁと思って眺めていた。

「同情?」

「そんな事する人に見えますかな、千春さんや?」

「でも、ならどうして」

「それを俺に来ても答えなんて出ないぞ。むしろ俺が聞きたいのは、なんでこんな無茶してまで戻ってきたのかという話なんだが?」

 論点がズレそうになってきたので、わざと真也は話を戻した。

「あー、それはねぇ。ほら可愛い幼馴染が、残りの青春を潤いに変えてあげようという」

「いらないんで帰ってくれ」

「うぅ、あの。えっとぉ。ほら、彼女いないじゃない真也」

「彼女候補なら居るんで・・・」

 彼女が何を言いたいのか、正直わかってはいた真也だったが、だからと言ってそうやすやすと言わせてあげられるほど人はできてないし、真也自身そこまで大人になりきれていなかった。

「い、意地悪」

「何故俺が罵倒されてるのかわからんが。俺のが罵倒したいんだが」

「わ、私の気持ち知ってるくせに!」

 お前は癇癪を起こした子供か。という言葉を口をついて出そうになるのを抑えつつ、はぁとため息が漏れる。

「言葉って大切ですよ。言わないと分かりませんよ」

 どうやらお風呂は思ったらしく、ジャージに身を包んだ、友香が現れ、開口一番にそういった。

「わ、分かってるわ、わよ!」

 声が上ずり、顔が真紅に染まる。

 口をパクパクと、何度となく開けては閉めを繰り返し、必死に言葉を出そうとするが、でない。

 あまりの必死さに、なんだか真也は自分がいじめてしまっていないか、と少し不安になるぐらいには必死で。

 胸に手を当て、わたしは、と何度となく繰り返すが、やはり言葉は出てこなかった。

「とりあえず落ち着け。追い出したり、今すぐ帰れなんて言わないから」

「ほ、本当?」

「うぅ、あー、おほん」

「先輩、何ときめいてるんですか」

 千春はあまりに必死だったためか、すでに泣きそうで、目頭にはすでに見て取れるぐらいの涙らしきものがあり、また、その弱々しい声音は、男がそれだけでもうたまらぁ、と言ってしまいかねない愛らしさを秘めており、思わずたじろぐ。

 そんなやり取りを見ていた友香は、幼馴染の表情と仕草にときめいてる真也を見て、納得いかないというふうに不満を漏らす。

「まぁ、可愛いですけど。はいはい、ごちそうさまでした。ほら、行きますよ」

「え、あの、え?!」

 流石に見てられない、胸焼けしてしまう。友香はそう思うと、千春の手を取り立たせ、真也の寝室へと引っ込んでしまった。

 まずったかなぁ、と思いつつも、こればっかりはしっかり彼女の口から理由を述べてもらわないといけないと、真也は思っていたので、どれだけ時間がかかろうと、聞きだすしかないと思っていた。

 そのうえで、自分自身に問う。どうするんだ、それを聞いた後俺は。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る