第2話
「(あ、これ、もう喋れます?)」
校内放送から流れてきた声は、非常に凛とした鈴の音のような声色で、声の印象だけならば可愛らしい、という言葉がびったりな声音だ。
どこか落ち着きがあるその声は、今から誰かを呼び出す、というよりは、お知らせです。と言われそうな雰囲気があり、妙な落ち着きだ。
「(2年C組。平塚 真也さん。お話があるので図書室に、えっと、放課後来てください)」
のり弁の白身魚を堪能し、次は昆布おかかのかかったご飯へととりかかろうとしていた箸がぴたりと止まり、真也は、今何が起きた?と校内放送がされているスピーカーに視線を向ける。
それとほぼ同時に、クラスで昼食をとっていた誰もが、え?という顔をした後、一斉に深夜へと視線を向けたのだった。ただ一人を除いて。
「(2年C組の平塚 真也さん。放課後図書室に来てください。え、ああ名前、私は1年の三条 友香と申します)」
三条 友香、その名に心当たりがないかと自問自答をしてみるも、顔も出てこなければ、名前にも心当たりが全く無く、首をかしげる。
そんな真也の様子を見たクラスメイト全員が、おいおい大丈夫なのかこの反応。と言わんばかりに期待と好意のまなざしから、不安と困惑の視線へと変化していくのが真也にも見て取れ、内心不安を増長させるきっかけとなり、結果、妙な冷や汗が背中を伝うのを感じた。
「お、おい、真也君・・・知り合いじゃないの?」
「知らん。というか、何なら顔すらわからん」
真也のあまりの回答に、驚愕の色を隠せないといった表情を見せた後、クラスメイト全員に、三条 友香の写真はないかと今いるクラスメイトに呼びかけると、女子生徒の一人、宮下さんが手をあげ、近づいてきた。
「何故あるんだ」
思わずそんな声をこぼすが、この際思い出すきっかけになれば何でもいいかとも思い、真也は彼女がスマホで取ったらしい写真を見せてくれた。
彼女いわく、図書委員会の仲間内で取ったときの集合写真だという。
それならば納得だと思い見る。
最近のスマートフォンは性能が良く、写真一枚とって拡大してもぼやける事なく、鮮明にその人の人相をしっかりと映し出していた。
これから掃除をするのかはたまたした後なのか、髪をハーフアップに後ろに束ねた、少し整った顔だが、妙に目立たない女の子がそこに映っていた。
その写真を見た真也は、ああ、そういえば一度案内したようなぁ、でも確か眼鏡していたようなぁ、とつぶやくと宮下さんが。
「この日は、皆で本の虫干しをという話で、ほこりがたったり、本棚から大量の本を出すので、あやまって本が落ちた時に眼鏡が割れてけがをしない様に、との事で、予め言われてたから彼女なれないコンタクトをしてきてたわよ」
なるほど、それならば確かに眼鏡をかけていない事にも説明がつく。
そうは思うのだが、呼び出される理由も、おそらく告白であろうが、いまいち結びついてこない。
というのも、真也が彼女と関わったのは、入学式から少し足ってすぐのころ、道に迷っていた下級生を図書室まで案内した、というものであり、とても愛してます、ずっと前から好きでした。など言うラブロマンスに発展するような激的な出会いがあったり、何か危機的状況を救ったという事もなく、本当にただ案内しただけなのだ。
「し、真也君や、冗談では済まされないからはっきり聞くぞ」
「それやめろや。で、なんだ?」
気持ち悪い君付けをしてくる悪友を軽く小突くと、お、おう、すまん。との謝罪の後、真剣な面持ちで切り出された。
「何をした」
「何も。というか俺が覚えている限り、1学期の最初に校内で迷子になっていた彼女を図書室まで送り届けたと・・・」
「ああ、優しくてカッコいい先輩って。嘘アンタのことだったの」
話を聞いていた宮下さんが、真也の淡々とした口調で語る話に何か思い当たったのか、突然驚いたように声をあげて、信じられないものを見るような目で見ていた。
いやまて、と静止しつつ、混乱する頭を整理しようとするも、まったくもって、案内とカッコいいが結びついてこない。
「なぁ、俺はただ案内しただけなんだが・・・」
困惑の色を隠せない真也が、恐る恐る宮下さんにそう聞くと。
「あー、うん。えっとぉ・・・たまに忘れたころにこぉ、聞かれる事はあったかなぁ、平塚君の事。でもまぁ、カッコいいには結びつく話が一個もなかったと思うんだけどぉ」
おいこら、とツッコミを入れたいところではあるが、真也はぐっとこらえつつ、宮下さんの話を聞く。
どうやら彼女が真也と同じクラスだと知っていたのか、ごくまれに教室での様子や、普段の私生活的な事を聞いていたようだが、それでもなおカッコいいには到底結びつかなかった。
「まぁあれだ。行けば分かる!」
悪友が両手を肩に置き、満面の良い笑顔でそう答える。
こいつ、ぜってぇ楽しんでる。
「おまえ・・・」
「なぁに、お前フリーだろ? なら問題ないって」
「よく知らん相手となんて無理だ」
「あらやだ、真面目」
「殴っていいか?」
こうして、流されるままに放課後、真也は図書室へと向かったのだった。
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