第20話
「……シャーロットさん、聞こえますか?」
『なんだ?……まあ大体要件はわかる。』
「……伝えるまでもないですね。行けますか?」
『…無理だよ。もう少し救助に時間がかかる。……仮に奴が6なら相当にまずい。その時は救助は他の魔道士に任せて俺がやる。……治療はスタンフォード案件だなこりゃ。なんやかんやあいつ助けるし。』
「……僕もあちらに行きます。先輩もおそらく向かっている。……仮に僕らが見つからず避難している人間を襲い始めたら一貫の終わりだ。」
『地下から住民が移動してる間は俺とて下手に動けん。…まあ出来ることには出来るが。とにかく頼むぞ。』
「…了解。」
レドはビルの屋上から屋上へと飛び移り、強大な魔力を放つ場所へと向かう。
『僕が行ったとしても意味はあるのか…?!いや、仮に全滅しようものなら相手はシャーロットさんを狙って行くか…あるいは撤退するか、最悪……』
もはや考える暇すら彼にはなかった。
ーーーーーーーー
『どうする…?!どうする…?!今動くか…?!いや駄目だ下手に手を出したら…』
「…シルビアは死んだか。」
「…ボス、この程度なら俺でも殺せます。」
「待てと言っただろうギルゼウス。貴様とて回復しきっていないだろうに。」
「……仮にシャーロットが動こうものなら、対処できる可能性があるのは貴方だけだ。…あなたの魔能力としてもここで温存するのが身のため…ましてやこの人間もシルビアとの戦闘で疲弊している筈だ。…もう1人は話にもならない。」
ギルゼウスは、震えて硬直するデボラに一瞬目を向け、何事もなかったかのようにケインに視線を戻す。
「…では少し任せよう。」
「ありがとうございます。」
ギルゼウスは背中から骨の触手を生やすと、ケインに向けて発射する。ケインは『物干し竿』で骨を弾くと、大きく後ろへと下がる。
「馬鹿が!壁だそこは!」
彼はそう言い放ち、ケインを包み込むように、触手で包囲する。
「……罠だそれは!」
ケインは壁を蹴り、触手を躱すと、重力を蹴った壁に付与し、触手をその壁の部分に固定する。
「…っそ!」
ギルゼウスは地面から触手を生やす。が、直前でケインは飛び上がり、生えた触手の側部に足を乗せ、大きく飛び上がる。
「しまっ…!」
ケインが振り上げた刃はギルゼウスには届かず、『ボス』の腕によって砕かれるのみだった。ケインは咄嗟に刀を前に構え、空かさず襲い掛かる蹴りを防御した。
「ふむ、なるほど。聞いていたよりも強い。部下が読み違える訳があるまい……天賦の才と言うものか。」
「ボス、申し訳ありません。」
「いや、仕方のない事だ、もはやお前のレベルでは敵わん。…なあ人間。自覚しているか?奴ら人間が我々につけている基準である『Stage5』の……それも『classA』以上でないと貴様とは渡り合えんだろう。」
「はあ…はあ…そりゃどうも。」
「…名を聞きたい。」
「…だから答えんよ。クロロフォートとか言うやつにも聞かれたが。」
「ああ…奴はただの私の真似事さ。警戒するべき対象だと認識したものの名を知りたがるのは当然だろう?代わりに私の名も名乗ろう。」
「……ケイン.クロシキ。」
「なるほど…どうやらそれは…東洋の苗字だな。…驚いたか?我々は人間社会の概念を貴様らが思っている以上に知っているんだよ。…失敬、名を名乗ろう。私はドレイク。苗字はない。こちらはギルゼウス.ハーツクロウ。」
「ふうー……。」
ケインはドレイクが構えるのを確認すると、それに合わせるように、再び防御する姿勢をとる。
ケインが前に構えようと落とした腰を足で固定した頃には、目と鼻の先にドレイクが迫っていた。
刀を前に構え、ドレイクの拳をガードする。が、再び刃は砕かれ、強引に拳が接近する。
ケインは直前で攻撃をのけぞってかわし、その勢いに乗せる形でドレイクの腕に両足をかけると、そのままその腕をへし折った。そして間髪入れず顔面に蹴りを叩き込み、魔能力によって地面へドレイクを押さえつける。
が、それも一瞬だけ。ドレイクにとって、その程度の重力は足枷にならない。先ほどと変わらず、彼はケインと距離を詰める。
ケインは後ろに下がりながら、周囲の物体をドレイクに飛ばす。車、看板、瓦礫……
ドレイクはそれを『収納』していく。
「収納ってのはそういう事か…?なら……」
先程まで焦り一色であったケインの表情は突如、不適な笑みへと変わった。
次々と周囲の物体をケインは投げ込んでいく。
ドレイクは何でも無い、というように『収納』していく。
すると突然、体が地面に押さえつけられる。
「やっぱりな…こいつの収納したモノには魔能力が通じる!」
ケインはここぞとばかりにドレイクから距離を詰める。刀に魔力を込め、ドレイクの首へと振り翳した。
が、振り下ろしきった彼の右手は、何処かへと消し飛んでいた。
その直後、ケインはそのことに気づき、痛みと混乱によって全身から汗が噴き出す。
「あああああ!」
「ふむ…ズレたか…いかんな…少し私も冷静さが足りん。」
そう言うと、ドレイクはゆっくりと、倒れた状態で腕を押さえるケインへと近づいていく。
「ま、待て…!」
突如彼の耳元に声が届く。ドレイクはその声の方向へと顔を向ける。そこには、震えながら銃口を彼の元へと向けるデボラの姿があった。
「ああ…少し待て。…可哀想に。魔族へのトラウマか?好きで震えている訳ではあるまい。貴様にはさぞ不愉快かつ屈辱極まりないだろうが…殺すのはこの男にとどめを刺してからだ。」
ドレイクは右手をケインに向ける。が、その右手は、突如として魔弾に弾かれた。
「だから待てと…いや、違うな。…残ったもう1人か。」
「次から次へと……雑魚ばかりが…。」
ギルゼウスはビルの屋上から銃口を構えるレドを睨む。
「お前はもう出るな。……これでまた不意打ちでも喰らえば完全なかませ犬だ。」
「……分かりました。」
「貴方は僕らを殺す事が目的ですか?」
「……そうだが?」
「…だとしたら余りにも不自然じゃないですか?」
「何が言いたい?」
「所長…シャーロットと言う名は既に魔人戦争時代に知れ渡っている。それから40年以上経っているとは言え、名が知れていないワケが無いし、警戒されていないワケがない。もし本当にシャーロットを殺そうとするならば、もっと大規模に行うべきだ。……何せ単独で数万もの魔族を殺したような人間だ。……仮にこの程度の規模でやるとしても地下にいる一般市民を人質にするべきだった。だがそれをしない。……つまり貴方は」
「なあ少年よ。……命というのは実に軽い。君もそう思っているはずさ。……故に美しいと言う者もいる。…それも一理あるだろう。だが私は……燃える炎よりも散りゆく灰ばかりに目がいく性分でね。消えてしまえば皆同じだと言う考えなんだ。…つまりはこう言う事だ。」
ドレイクはケインの背中を自身の足で踏みつけると、上から押しつぶすようにそこに体重をかけていく。
「ぐああああああ!」
「やめろ…!」
「感情的になったな。……君は私と同じだな。冷徹にも感情的にもなりきれないただの作り物…。いささか不安定で中途半端だ。…これ以上壊したらどうなる?」
ドレイクはケインの髪を掴んで持ち上げると、彼の腹部に指を軽く乗せる。そして機械のように無駄なく、その腹部を貫いた。
「あ…が…!」
「その手を…離せ!」
レドは咄嗟にビルから飛び降りる。
「お前に何が…!」
ギルゼウスは背中から触手を生やし、レドへと射出する。が、その瞬間、彼の背中から突如黒い物体が放出され、ギルゼウスの触手を切り裂いていく。
「魔能力…?!聞いてないぞそんなの!」
「邪魔だ!」
レドはギルゼウスを振り払うように、自身の黒い物体を伸ばし、ギルゼウスに飛ばす。が、骨の触手でそれらは弾かれ、横方向から伸びた触手がレドの肩を掠める。
「……魔能力を使いこなせていない…。二層魔法の段階すら踏めていない所を見るとまるで素人だな。なら…。」
ギルゼウスは冷静に触手を自身の背中へと戻すと、全てを一つに束ね、レドの方向に一直線に伸ばした。
「下手に操作するよりこちらの方が良いな。この速度でかわせるも思えん。」
が、レドはまるで臆する事なく、触手へと向かっていき、自身の魔能力を触手にぶつける。包丁が食材に通るかのように、触手は簡単に切り裂かれていく。
「な…!どれほどの密度があればあそこまで…!まずい…死…」
ギルゼウスのあと一歩と迫った瞬間、突如レドの足が止まり、その場に倒れ込んだ。
「魔力切れ…?!そうか…こいつ、魔力量がまるで無いんだ…。あそこまでの密度の魔能力の消費が少なくて済むはずがない…。」
「残念だったな…ここがお前の限界さ。」
ギルゼウスは、勝ち誇ったように触手をレドに向ける。
『なんで…なんでだよ…動け…動け動け動け動け…』
デボラは自身の震える足に訴えかけた。しかし、一切動いてくれない。もう誰も来てはくれない。もしここにいる全員が死んだら次は自分の番だ。また身体中が食い荒らされるかもしれない。また腕を、足を、失うかもしれない。底知れぬ恐怖が彼女を襲った。
「デ…ボラ…さん…」
魔力切れでその場に倒れるレドの声を聞き、デボラは我へと帰る。
「出来るだけ…逃げて下さい。……貴方を戦わせてしまった事は…本当に申し訳ない…。だから…」
『そうだ…そうだ。私より弱い人間がここにいるじゃないか。臆する事なく立ち向かった人間がここには居るじゃないか。……恐れるな。恐れちゃいけない。』
気づけば震えは止まっていた。気づけば銃を閉まっていた。そして右手に手を当て前を向いた。
「リミットオフ!」
デボラの身体中から魔力が放出される。
「魔殲…?!いや、違う!そうじゃない!これは全く別の…」
「これは魔殲を『再現』したもの。……当然時間切れならそれ相応のデメリットがある。だけどやるよ。…アタシがやる!」
「図に乗るな!」
ギルゼウスは、デボラに向けて触手を伸ばす。が、その先にデボラはいなかった。
「…?!消え…」
「魔族の再生核…グロいかと思ったけど結構綺麗なんだ。……どーでも良いけど。」
ギルゼウスはここでようやく、自身が核を取られていることに気がついた。が、その時にはすでに、彼女の手によってそれは潰されていた。
「あ…が…!」
「ふうー…やるしかない…やるしかない…やんなきゃ…ここで…」
「時間稼ぎか?…にしても少しハイになりすぎだ。」
「ハイになんなきゃ私はずっとローなんだよ!」
デボラはドレイクとの間合いを一瞬にして詰め、彼の顔面へと拳をめり込ませる。彼女の拳から、高密度の魔力が放出され、ドレイクはそのまま吹き飛ばされる。
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