第12話

「オラあああああああああ!」

ケインは叫びながら、襲い掛かるコンクリートから逃げていた。

「これ…あいつらに任せて俺がのほほーんとしてた方が良かった気がしてきたぞ…あー最悪最悪!何が悲しくてこんな事してんだよ俺は!」

『はははは…逃げればいい逃げればいい…くたばっちまえば全部終いだ。』

ケインが逃げる様子をゾンビ越しに視認しながら魔族は言う。

前方からもコンクリートの柱が襲い掛かるが、ケインは壁を蹴り、そこに出来た空洞へと逃げ込む。その過程で、その中に潜んでいたゾンビが一体吹き飛んだ。

「やべ…まあ良いか。」

ケインは自身の魔能力で重くした複数個の石を柱にぶつけ、砕く。

「操れるからって壊せねえ訳はねえだろ!」

『無駄ぁ!』

一瞬の隙に彼は壊れた柱の間通り抜け、地面を蹴ると、天井に拳を当て、上の空洞へ移動する。その空洞内のゾンビが彼を視認し、それを追うように、全方向のコンクリートが変形する。

「見えてりゃ問題ない、とでも思ったか?残念。見えるからこそ見えないんだよ。」

変形したコンクリートは別の力によって壊れ、ケインの周囲に集まる。

『なっ…!こいつの魔能力…一体何なんだ!』

「見たところ…あんたはいちいち変形させるまで少し時間がかかっている。俺が魔能力で上書きできる以上…あんたもその程度の雑魚って事だろ?」

『てめええええ…殺す…!』

ケインは襲い掛かるコンクリートを、自身が操作するコンクリートで防ぎ、大きく飛び上がった。

『チィ!』

「単調だなあ動きが。『人間ごとき』なら大丈夫だとでも思ったか?」

ケインは刀を2本取り出し、二つ同時に空振り下ろし、刃先から2本の黒い斬撃が放出される。

「『黒狩(ダークロドス)!」

その瞬間、付近の物体が斬撃に全て吸収され、ケインはそのまま地面の穴の中に飛び込んでいった。

『っそお!…だがまだ追える!俺が失敗するなんぞ許されて言い訳がねえ!内臓引き裂いて脳漿ぶち撒けて……待てよ?何故奴はあの時付近にいるゾンビを殺さなかった?さっきの動きからして元人間だからと言って殺さないような奴らじゃ無いはず…。はあん?こいつは囮か!はははは!囮って訳だそうだろ?え?!さっきまでぶつぶつほざいてた言葉も嘘ってわけだ!となりゃ…比較的ゾンビが少ない地帯に居るはず…』

魔族は自身が確信した場所へと視点を移動させる。

『ほらな…?居やがった!ははは!そもそも分かれるってやり方の時点でそうだよなあ!もうちょっと賢い方法探せってんだよ…。馬鹿だねえほんと!』

魔族はレドとクレアへと自身の魔能力をぶつける。

「…来たね。」

「お願いします。」

クレアは隠し持っていた武器を身体中から一斉に解放し、全方向へと射出した。ゾンビごとレーザーが全てを破壊していく。

『…?!』

「私の魔能力は発動までが遅い…故に戦闘ではなくサポート寄りだが…逆に言って仕舞えば時間さえあれば十分戦えるという事さ。そんなことも想定できずに安易に攻撃するのは…少々頭がよろしくないねえ。」

『お、落ち着け…!どちらも処理出来なかったとしてもそもそも俺が見つかる訳がない…あの黒髪の人間は…よし、まだ俺との距離は遠い。呑気にスタコラ歩いてやがる。…問題はあの人間の女とチビだ!…あのチビの方がなんの能力かも分からねえ…しかも俺の位置に近づいてやがる…。だが位置が分からねえ!ゾンビをさっきの場所に集めるしか方法はない!……逃げるべきだろうか。いや、だめだ。俺がやり遂げねえといけねえ!あーちくしょうが!なんでだちくしょうが!いつも俺だけこうなりやがる!イライラするイライラするイライラするイライラする…』

魔族は顔を顰めながらそう連呼した。

「…意外と早かったね。」

「この程度なら僕でも何体か行けるかな。」

『足掻くだけあがけよカスどもが…!せーぜー白目ひん剥いて死ね!』

レド、クレアは銃を構える。

『うん、やっぱりな。クレア!やっぱりこいつは同時に使えねえ!』

突如トランシーバーに届いた声にクレアは返答する。

「じゃあそのまま進んでくれた前。」

『…?!何を言っているんだ…!まさか!』

魔族は次々と別のゾンビへと視覚を切り替えていく。そしてその一つでに写っていたのは、ゾンビを蹂躙するケインの姿だった。

クレアは先ほどのレドの話を思い出していた。

『恐らく対象の魔族は…相手を視認していないと能力が発動できないんだと思います。僕が柱に隠れた際に動きが止まったのは、ゾンビの視点から僕が離れたからで、実際ゾンビを殺した時に攻撃が止んでる。視認する事が条件じゃないなら、魔力感知でどうにでも出来るはずだ。…そう思わせる罠という可能性はありますがね。クレアさん、無線機ありますよね?』

『ああ…あるけど…手のひらサイズとなると使用者の魔力を消費するタイプのものしかないよ?』

『まあそれでも良いです。まず二手に分かれて、そのどちらかに攻撃が来たら一瞬でも連絡してください。そしたらそのまま来た方が囮になって、来ていない方が前に進んでください。』

『敵の場所も分かっていないのにそれは少し、いや相当に愚策なのでは?』

『いえ…場所の算段はついています。場所なんて普通じゃ魔力感知(サーチ)した時に見つかるものでしょう?でもこれといって場所は見つからなかった。』

『…まさか。』

『ええ。おそらく敵が隠れているのはゾンビの中。ゾンビも魔力感知の対象になる。故に魔力感知に引っかかっているゾンビの中に紛れればそれも回避できる。できるだけ遠くにやるでしょうから、一番下に居るでしょう。』

『下に行くにしたって音や揺れでバレるんじゃないかい?』

『ええ…ですのでまず最初に狙われた側はある程度逃げて、その後下に穴を開けて逃げて下さい。あとゾンビは殺さないでください。狙う側からしたら複数に分かれていると言う時点で囮かと疑っているので、ゾンビを狙わずに下に逃げたら、ただ誘き寄せるための罠だと疑う筈です。そしたらもう一方へと視点を切り替えて攻撃してくる筈なので、そこであたり一体を吹き飛ばして下さい。』

『……つまり誰が囮になるかは決まってないってわけか?』

『まあそうですね。それが狙いの一つだったりします。囮だと勘づいた時に大規模な攻撃を喰らおうものなら、間違いなくこっちが本命だと確信する筈です。そしてあたりのゾンビが居なくなって視認できなくなるので、必然的にゾンビを僕らの周りに収集しなければならなくなる。』

『…そうか。そうすれば残りのゾンビで居場所が割り出せるって事かい?でも合計で200体程残ってるよ。』

『貴方だったら200体程度…殺すのは容易でしょう?下にいるのは80体ほど。大量に削られたら必然的に下の戦力も送っていかねばならなくなる。なので、注目されたら即座に下に移動してそこで捌いていけばいい。』

『君のその言葉は…信頼だと受け取っていいのかい?』

『お好きにどうぞ。』

『ある程度削れたなら…そこで一番数の多い集まりを叩けばかなり確率は上がるんじゃないですか?』

ーーーーー

「……地面か!」

ケインは地面を重力をまとった刀で切り裂き、地面に巨大な割れ目が出来る。その割れ目から魔族と思わしき姿が露出した。

「っ…!そがあああ!」

魔族はケインを睨み叫び、地面を移動してその場から姿を消す。

「逃すか!」

ケインは割れ目へと飛び込み、十字型にコンクリートを切り裂く。逃げ続ける魔族を目で捉えると、地面を強く蹴り、飛び上がりながら彼を追った。が、周囲のコンクリート全てが棘に変化し、ケインに襲いかかる。

「…馬鹿だなあテメエはよお!ここら一帯は俺の支配下にあんだぜ?!」

魔族は勝ち誇ったような表情でケインを嘲笑する。

「…っちぃ!」

ケインは棘を次々と切り裂くが、全てを処理し切る事はできない。

『ああ…これだ…!人間を殺す感覚…人間を支配する感覚…俺を安心させてくれる…俺に快楽を与えてくれる…!だからよお…』

「ヤった後みてえな笑顔で殺すぜ人間!」

魔族が勝ちを確信した瞬間、彼を突然、激しい眩暈が襲う。

「…?!何だ…!」

「ふう…あぶね。」

『だが…二手に別れたとして、奴が二つ同時に視認できたとしたらどうする?』

『柱が一瞬止まったと言いましたが、実は僕を視認できる範囲にもゾンビが潜んでいた。にも関わらず攻撃が止まった。これは同時に視認できないと言う事で片付ければ説明がつく。』

『そうか…だとしても奴が近距離で対応できない保証は…』

『ああ…まあそうかもしれないですが…多少は有利になると思いますよ。』

『…もしや君の狙いは不意打ちだけじゃないのか?』

『ええ。ほら…魔族ってそれぞれ固有能力が備わってるじゃないですか。Stage5となると相当強力なものが備わっていて、かつそこに魔能力も加わるから脅威な訳で…でも彼らの体の8割が魔力で形成されて居るので、魔族の固有能力も魔力を使うわけです。身体変化やらその他諸々に。』

『…そうか。お前まさか…』

『ええ。固有能力がゾンビ操作なのか物体操作なのかはわからないですが、それらを同時に使っているなら当然消費も激しいはず。だから魔力感知を使うほどの余裕が敵には無いんだ。……この作戦の本質は敵を消耗させる事です。散々に視点を切り替えて、散々にゾンビを操作して、散々にコンクリートを動かした彼の魔力は恐ろしいほどに消耗される。魔力感知の拡張装置…ありますよね?ここら一体に広げてみて下さい。』

クレアはレーダー型の円盤を置くと、目を瞑り、魔力感知を行う。

『…この粒がゾンビか…拡張装置ってのは精密だな。しかし随分動きが変だな…動いたり動かなかったり…』

『ええ…僕は魔力感知があまり得意な方じゃないんですが…それでも丸わかりなくらい違和感のある挙動だ。つまり相手は見境なくゾンビの視点を切り替えてるんですよ。…長期決戦に弱いから速攻で終わらせたいのか、或いは単に計画性がないのかは定かじゃないですが…このまま使わせ続ければ相手の魔力を枯渇させられる。…先ほど、視認しないと操作できないと思わせる罠の可能性もあると言いましたが、そう思わせているにしても、わざわざ自分のもとに向かわせる作戦としては無駄がありすぎる。こんなんなら正面切ってゾンビと地形操作で短期決戦狙った方がよっぽど良いです。』

『念動型(ねんどうタイプ)の能力は瞬間火力が重視…故に一度に使う魔力の量もやや高めになっている…シャーロット氏程の魔力量でもない限りは息切れは必然という事か。』

『まあ…今こうやって説明している時間も時間稼ぎの一つだったりするんですが。』

「……まあそう言う訳だ。お前には何も出来んよ。」

「ちくしょお…!」

「……教えろ。お前はどうやって人間を操作した。」

「……虫だ。俺の体から虫を生成して寄生させた。数日経てば体内を侵食して対象を殺す。」

「レドの話通りだな。……つまりもう死んでいるんだな?」

「まさか寄生を直せってか?はははは!馬鹿かお前!戻した所でもう死んでんだよ!」

「おいクレア。……こいつは殺すか?」

その場に駆けつけたクレアにケインは問いかける。

「いや…どうしたものか。」

「こいつを殺す許可をくれ。…お前がそれを肯定するならこいつを殺す。今この場で。」

「落ち着きたまえ。…被害者遺族に死体を返す義務が私たちにはあると思わないか?…彼にどうにかしてゾンビ化を解除させるしか…」

「人間が苦しむ姿ってのは良いもんだよ…本当によお…死ぬ瞬間すら愛おしく思える!」

クレアがケインを説得する最中、魔族は突如そう言い放ち、自身の体を爆破させた。

ケインとクレアは咄嗟に後ろに下がり、飛び散る彼の地肉を体に浴びる。

「……!クソがあ!クソ!クソ!クソ!」

ケインは地面を叩き、喉元を掻き回すように叫んだ。

「まだ大丈夫だ。……彼が死ねば寄生が解けるかも知れない。シュタイン氏!どうだい?」

『……突然ゾンビがお母さんだの助けてだの喋り始めました。……どうなってるんです?』

「…まさかあの野郎…!最後にそんなものを!」

「彼がそう仕向けたのかは分からない。……だが早く行こう。残りを捕獲してシュタイン氏に任せたとは言え、彼1人に任せるわけにはいかない。」

「……分かってるよ…分かってるとも。んなもん知ってるよ。」

ケインは立ち上がり、レドのいる元へと向かった。

「……パパ…ぱぱああああああ…」

ゾンビは掠れた声を発する。

「クソっ!…どうする?」

「これは…国公に預けよう。時間経過でせめて元に戻すくらいには出来るかもしれない。」

「残った奴らを片付けよう。……もうそれしかない。」

クレアはケインの言った通りに、周囲の空間へ魔力感知を張り巡らせた。

「既に大方片付いているが……入口付近に何か居るね。私はここに残る。シュタイン氏とケイン氏が行ってくれ。」

「分かった。」

ケインは悲しみを振り切るように走っていった。レドは彼の背中を追う。見たことも無い赤の他人のために、何故この人はこうも怒る事ができるのだろう。彼の中にそんな一つの疑問が浮かんだ。

「……あれは…!まさか!カーターさん!」

入口付近に居たのは、間違いなくカーター・フランクの姿だった。そして、その目に映った光景は、そんな彼をゾンビが襲おうとしていた姿だった。

「あのゾンビ…彼の弟の姿に似ている。」

ケインは咄嗟に写真とそのゾンビを見比べる。姿は違えど、間違いなく彼の弟そのものだった。

「っそ…!そこから離れて下さい!」

「アルバス…お前なのか…ごめんな…ごめんな…」

フランクはゾンビを抱きしめようとする寸前まで来ていた。ゾンビがフランクに噛みつこうとする寸前、ケインはゾンビに刀を向ける。が、

「ニイ…チャ…」

そう声を発したゾンビを前に、一瞬振り下ろす刃が止まる。

「しまった…!」

フランクが死ぬ未来を想像し、ケインが絶望しかけた瞬間、ゾンビの頭部が吹き飛び、血液があたりに飛び散った。ケインが後ろを向くと、レドが銃口をその方向に構えていた。

「え…?え…?……ああ…あああああああああ…ああああああああああ!」

フランクは強く叫んだ。自身の愚かさ、無力さを呪って。

「お前か…」

だがその後の行動は違った。

「お前が殺したのかアルバスを!」

フランクの元に近づいてきたレドを睨み、フランクはそう言い放った。

「……」

まただ。また僕は人を傷付けてしまった。また人を不幸にしてしまった。レドは激しい自己嫌悪に襲われ、下を向いて顔を歪めた。

「…この…!人殺し…」

フランクその言葉を遮るように、彼の胸ぐらをケインは掴む。

「…?!」

「今言おうとした言葉をもう一回言ってみろ。俺はアンタをぶん殴る。なんと言おうと。誰が縛ろうと。俺はアンタを許しはしない。」

「……!」

「コイツはやるべきことをやったんだよ!それを人殺しだと…?ふざけるなよ。アンタがここに来なければこうはならなかった。なのに一時の感情に身を任せてここに入った。それを棚に上げて人殺しだと…?!感情だけで人を陥れるなんてあっちゃならねえんだよ!」

ケインは掴んでいた胸ぐらを離し、頭を抱え、加えるように、

「つっても…俺もその場の感情であの魔族を殺そうとしたがな。……みんなこうだ。何も考えず何かを悪にしないと気が済まない。…みんな同じなんだ。」

「……ごめんなさい。本当に…ごめんなさい…!」

フランクはただひたすらにレドに謝り続けた。

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