常夏の夜の罪

@hitujinonamida

盗人と私


 砂に囲まれた国の、都市部の中央に置かれた白亜の城。

 今晩は、夏至の祭りで賑わっている。

 その賑わいを隠れ蓑に、一人の少年が大胆なことに、盗みに入った。

 

 名前はマグマと言い、天涯孤独の身だ。


 マグマは身軽な身のこなしで、お祭り気分で軽くなって警備の目をかいくぐり、猿のように壁をよじ登り、城の一角のバルコニーへ入った。

 そこだけ、部屋が暗いのにも関わらず、窓が開いていたからだ。


 マグマはバルコニーへ入ると、トカゲのような動きで壁づたいに部屋に侵入した。

 そして、音をたてないようにしながら、金目のものはないか探した。


「誰かいるの?」

 突然声がして、マグマは驚いて飛び上がったが、音を立てづに着地した。

 そして、すかさず、ベルベットのカーテンの裏に隠れる。

「気のせいかしら?」

 暗くてわからないが、声をかけてきたのは、年若い娘らしかった。


 マグマは娘に後ろから近づき、背後にまわって、腰に腕をまわし、娘の胸元に剣をちらつかせた。

 娘は思わず、すっと大きく息を吸い込んだ。

「叫ぶなよ。金目の物をよこせ、そうしたらすぐに出てくから」

 マグマがそういうと、娘は目を深く閉じ、大きく息を吐いて生唾を飲んだ。

「ここは全部王様のものだから、私があげられるものなんて、一つもないのよ」

 娘は首に汗をかきながらも、淡々とした口調で話した。

「‥‥‥それじゃあ、困る」

「じゃあ、私を殺すの?」

 マグマが迷っているのが、娘にも伝わっていた。

 密着はしていないが、身体の近さで互いの震えと熱と緊張がわかった。


「なにか、金になるものがないと、知り合いの牛飼いの10歳の少女が身売りさせられるんだ」

 それを聞いて、娘の身体から少し強張りがとれた。


 娘はまた目を深く閉じ、俯いてから、数十秒思案すると、意を決して、震える手で、自分の指から大きな宝石の付いた指輪を取り、マグマに差し出した。

「これなら、わたしのものだからあげられる」

 マグマは娘を離し、一歩後ろに退いて、足を大の字にして立ったまま目を丸くした。

「これがあれば、三人家族なら、三年は働かづに生活出来るわ」

「やった!」

 マグマは差し出された指輪を手に取り、夜の月に向かって掲げてみた。


 柔らかな月の光だけでもわかる、宝石の透明度。

 済んだ薄緑色の宝石。金属部分は純金だろう。

 女もので軽やかなデザインだが、見た目よりずっしりした重さがある。


 マグマは宝石に興味があったわけではなかったのに、その輝きにとても魅かれた。


 そしてはたと、娘の方を振り返った。


「お前はなんで、祭りに参加しないんだ?」

「見世物にされるのは嫌なの」

 そう答えた娘が一歩前に出て、月明かりに姿が現れた。

 

 彼女はピーコックグリーンのロングドレスをまとい、黒く豊かな髪を、ドレスと同じ色のリボンで編み込んでいた。


 美しい彼女の凛とした佇まいに、マグマは心を奪われてしまう。

 そして、今更ながら、本当に自分がこの娘から、この高価な指輪を受け取って良いものか迷った。

「姫様、こんなところにいらしたんですね!」

 開かれたドアが沈黙を破り、ずかずかという足音とともに、声の大きな男が入ってきた。

「姫って?」

 マグマは彼女の顔を見た。

「祭事の日に盗みに入ったなんて知れたら、あなた死刑よ」

 怒った彼女の顔を見て、マグマは引け腰をゆらゆらさせながら、口をぱくぱくさせた。

彼女。姫はその姿にふふっと吹き出して微笑む。

「なっ、なんだお前は!」

 大きな声の男が、暗がりにマグマの姿を見つけ駆け足で近づいた。

「衛兵!衛兵!」

「早くいって」

「本当に良いのか?」

 姫が早く出ていくように急かすのに、この後に及んでマグマは迷いが出た。

「その子も私と同じだから」

 マグマは彼女の憂い顔を目に焼き付けると、バルコニーからロープで飛び降り、豹のような速さで逃げて行った。

「姫様、なにをされていたのですか!?」

 男は姫専属の爺やだった。口をすっぱくして顔をしかめている。

「あら、お客様とお話をしていただけよ」

「はああああああああああ、ずいぶん珍しいいいいい、お客様ですな!じいの寿命が縮まるくらいに!」

「だから、すぐに追い返したじゃない。長生きしてね?じい」

 姫がそれはそれは可愛らしく微笑むので、じいはなにも言えなくなった。

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