緊急事態
「ヒーロー! ヒーロー!」
「なんだ今、戦闘中だ!」
「それが、また怪物が出現しました! A3地点!」
「……またか」
朝から電話で叩き起こされる目にあったおかげで、まだ一滴もアルコールを摂取できていない。おかしい。今日はおかしい。
赤色のアラートは早朝から鳴りっぱなしで、ドームの破壊音があちらこちらで聞こえている。スマホで送られてくる怪物の動画も全てをチェックしている余裕がない。
「ひとまず」
ドーム外に出たところですかさず、真っ暗闇で空洞の窪みのような目に一発お見舞いする。ゴーストのこいつは痛覚がないのか、痛みを感じる素振りも見せずに破壊行動を続けるが、お構いなしに連射、連射、また連射。空中に溶けていくようにその姿はかき消えていった。
「よし、次はなん──」
慌てたようにスマホが鳴り響いた。
「複数体の怪物の出現を確認! A4、10、そのほか──えっ? 数が増え続けています! なんだこれは!?」
「落ち着け! 上が混乱していたら対処のしようがない! 状況説明を! どんな怪物なんだ!」
「わかりません! ドローンの数が間に合わない! 全方位から攻撃が! 移動速度が異常に早く、出現とほぼ同時にドームへの突撃が始まっています! ドローンが怪物の姿を捉えました! でも、これはなんだ!?」
「遅い! とにかく映像を回せ!」
「はっ! はい、ヒーロー!」
送られてきた動画を開く。なんだってネットの速度は同じままなんだ。数秒の待ち時間のあと、ようやく再生が始まった。
「これは……」
着信音が煩い。
「何かわかりましたか!?」
「緊急事態だということはわかった」
「!? それはどういう──」
着信を切る。話している暇はもうない。今しがた駆除したはずの地点から新たに怪物が出現したからだ。それは、これまでのようなハイブリッドなファンタジーとは違う。武骨な現実がストレートに映し出された怪物。つまり、車、だ。それは猛スピードで突っ込むと、ドームの破壊にかかった。
「くそっ」
何台も何台も、衝突が繰り返される。ドームにぶつかり派手な衝撃音とともに炎上していく。執拗にだ。何度も何度も。まるでリフレインするみたいに。
「くそっ!」
ここにきて閃いた自分に腹が立つ。なぜこの世界にバイクや車がなかったのか、その意味がやっとわかったからだ。
イズミは事故に巻き込まれた。イズミは見ていた。車が衝突する瞬間を、車が母親を人形のように突き飛ばす瞬間を。
だから車なんて、意識して登場させられるわけがないのに。──なのに、本当に俺は。
「父親失格だ」
ぐわぁんと、ドーム全体が大きく揺れた。鳴り続ける着信音とアラートとを呑み込むように衝撃音が耳をつんざく。ガラスが割れ、天井から壁から赤色に照らされた破片が落ちてくる。破壊されたのだ。昨日までは安全だったはずの、この世界が。
世界が終わると、どうなるんだ?
スマホを耳に押し付ける。
「ヒーロー!! どうなっているのですか!? 怪物はなおも増え続けています! 至急! 処理を! ヒーローしか! ヒーローしか、戦えないんですよ!?」
「……そう言って、また仕事に逃げるつもりか」
スマホを地面へと叩き付ける。素早く拳銃を抜いて煩く振動するそいつへ一気に何十発もの弾丸を叩き込んだ。壊れるまで、動かなくなるまで。
「行くぞ」
向かう先は決まっている。幸いなことにこの世界では守るべきはたった一人しかいない。
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