第232話【SIDE:陽平母】
「――何をしてるんです!」
血相を変えた椹木が、私に殴りかかる晶ちゃんを取り押さえる。
――た、助かった……
私は床にへたり込んだまま、不穏に鼓動する胸を押さえる。
「うあああ~!」
安堵したのも束の間、晶ちゃんは泣き叫びながら、暴れている。
「あああぁ! 離せぇ!」
「晶君、落ち着きなさい!」
上半身を羽交い締めにされているせいか、自由な両足でドタバタと床を踏み鳴らしている。駄々っ子のような振る舞いに、唖然とした。
――これは、私の知ってる晶ちゃんなの?
晶ちゃんといえば、王子様みたいで。綺麗で、賢くて……優しくて。
『ママ、荷物貸して。持って上げる』
『ありがとう! 晶ちゃんは紳士的ね』
『当然だよ、ママは可愛いもの』
『晶ちゃんったら!』
いつも、私を気遣ってくれたわ。それなのに……殴られてジンジンする頬を押さえて、涙ぐんだ。
「なんでなの?」
わあわあ泣き喚いて、椹木に引きずられているこの様は、まるで晶ちゃんらしくない。
私は、晶ちゃんに問いかけた。
「晶ちゃん、どうしたの? なんでそんなに怒るの?」
私は晶ちゃんを助けるために、頑張ったのよ。縋るような想いで、晶ちゃんを見つめる。すると、晶ちゃんは涙声で叫ぶ。
「酷いよ、ママ……! 俺が何したって言うの? 俺、ママのこと好きだったのに!」
「……もちろん、私も好きよ! だから、晶ちゃんには陽平と幸せになってほしくて」
必死に言い募ると、晶ちゃんは見開いた目から滂沱の涙を流した。
「余計な真似しないで! いつ、俺が……そんなこと頼んだの! なんで、こんな酷いことすんの!」
「えっ……?」
酷いことって、どういうこと? 私は晶ちゃんの言うことがわからなかった。
「だって、晶ちゃんは陽平が好きでしょう? 好きな人と一緒になりたいでしょう?」
立ち上がって、晶ちゃんに近づく。椹木が抱えているから、晶ちゃんは身動きが出来ないみたい。その代わり、自由になる目で、私を睨みつけ、叫んだ。
「好きじゃない! 陽平なんか好きじゃないよッ!」
私は、笑った。安心したから。
陽平を好きじゃないなんて、ありえないもの。晶ちゃんは、蓑崎のお父様の事を恐れて、こんなに騒いでいるんだって思ったの。
安心させるように、微笑む。
「嘘言わないで。お父様のことは心配しなくていいのよ。椹木さんも、身を引いて下さるそうだし……」
「違う……違うぅ」
「認めて。晶ちゃんは、陽平が好き。だから、恋人しかしないことを許したんでしょ?」
テーブルから写真を拾い上げ、眼前に揺らした。――それには、晶ちゃんと陽平が、ベッドで愛し合っている姿が、ハッキリと写ってる。
「……っ」
椹木が、沈痛な面持ちで顔を逸らした。私はフフンと鼻で笑い、晶ちゃんに念を押す。
「ね? こんなこと、好きじゃなきゃしないわね?」
「うーっ!」
晶ちゃんは、真っ赤になって照れているみたい。
涙を拭いて上げようと、ハンカチを頬に当ててあげると、激しく頭を振って避けられる。
――もう、どうして? こんなに子供みたいに、頑是ない振る舞い……
少しムッとして、「晶ちゃん」と強く呼ぶ。
「お願い、勇気を出して。私は、貴方を助けにきたの。貴方のことが大切だから――でもね、晶ちゃんも踏み出さなきゃ、幸せになれないわっ!」
言い聞かせるよう、声を張る。
晶ちゃんにわかって欲しかった。欲しいものは、自分で手に入れなければ、いけない。選ばれしオメガは、待っているだけじゃダメなんだって。
すると、晶ちゃんは「うう」と呻いて、怒鳴った。
「ママなら、わかってくれると思ったのにっ……!」
「……晶ちゃん?」
「俺は、望んで陽平と寝たんじゃない! こんなこと、全然したくなかった!!」
「……え?」
言われたことの意味が、わからなかった。
「な……に、言ってるの?」
「言葉通りだよっ……ひどいよ、ママ! 俺が抑制剤効かないの、わかってて! 望んでセックスしたみたいに! 俺は、陽平と、こんなことになって、死ぬほど辛かったのにぃっ!」
晶ちゃんは、ボロボロと大粒の涙を零す。
それは、まるで……レイプの被害者のように、悲痛な叫びだった。
――この子、何を言っているの?
言葉を失っていると、椹木は動揺して叫んだ。
「ど、どういうことですか? これは、望んだことではなかったと?」
「……そうだよっ! 俺は、したくてしたんじゃない。弟みたいな陽平と、こんなことになって……恥ずかしくて、死にたくて……なのに、こんなっ……うわあああ!」
「晶君……!」
晶ちゃんは、身をもぎ砕いて叫んだ。自らを「汚い、汚い」と嫌悪するように、悲しげに首を振る。
椹木は、激しく動揺しながらも……晶ちゃんを抱き寄せる。
「俺なんて、もう死んじゃいたい……こんな汚い……!」
「落ち着いて下さい……どうか」
「うわああッ!」
椹木の腕に縋り、顔を真っ赤にして晶ちゃんは泣きじゃくる。まるで、私が悪者であるかのように。
陽平に……私の息子に抱かれた体を、汚いと叫んで……
私は、こめかみでブツンとなにか切れたのを感じた。
「……城山さん。申し訳ありませんが、お話はまた日を改めて……」
申し訳なさそうに、声を上げた椹木が、目を見開く。
ふふ。私の顔、そんなに怖いかしら?
私は、写真を床に叩きつけ、叫んだ。
「ざっけんじゃないわよッッッ!!!!」
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