第187話

 チュン、チュン……

 

 鳥のさえずりが、まどろみに混じって来た。――のろのろと、薄目を開ける。腕の中のあったかい体に寄り添うと、笑い声がした。

 

「……あっ」

「おはよ、成」

 

 ぱちりと目を開ければ、宏ちゃんの笑顔が真上にあった。「おはよう」って、笑い返そうとして、ハッとする。

 ぼくときたら、コアラみたいに宏ちゃんに抱きついて、眠っててん。少し汗ばんだ彼に気づいて、慌ててベッドの端に寄った。

 

「ご、ごめんなさい。寝ぼけて……!」

「可愛いからいいんだよ。戻ってこい」

「わっ」

 

 宏ちゃんは、ぼくをひょいと抱き寄せる。温かな体に、すっぽりとはまり込んでしまった。おろおろしているうちに、宏ちゃんの脚がぼくの脚を挟んだ。

 

「宏ちゃん、暑くない?」

「余裕だ。……成の体、冷たいなあ」

「え。そうかな?」

「うん。ほら、氷みたいだぞ」

 

 太ももを片方抱えられて、踵を手のひらで包まれる。温めるように擦られているうちに、足の裏がほかほかしてきた。

 

「きもちいい……」

「冷え性だもんなぁ。昨夜、エアコンきかせ過ぎたか?」

「ううん、そんなことないよ。寝る前は、すごく暑かったし……」

 

 話しながら、唇がとろんととろけてしまう。体温の高い宏ちゃんにくっついていると、お湯に浸かってるみたいに心地いい。

 

 ――やばい……眠くなっちゃいそう……

 

 項から腰までを、丹念に撫でてくれて、子猫になった気分。朝ごはんの支度しなきゃ、って思うのに、心地好くて離れられへん。 

 広い胸に頬をつけると……宏ちゃんは、「あ」と声を上げた。

 

「どうしたん?」

「いやいや。昨夜は、たしかに暑かったよな、と思ってさ。二人して、汗だくだったし」

「……!」

 

 意味深にほほ笑まれて、かあと頬が熱る。


 ――宏ちゃんてば、昨夜のこと、ほのめかしてるんや。


 素肌を重ね合わせて、二人で夢中になってしたことを思い出し、「ひゃあ」と叫びたくなっちゃう。

 

「もうっ、宏ちゃんの助平!」

 

 ぽか、と肩を叩いたら、宏ちゃんは声を上げて笑った。

 

「悪い、悪い」

「んっ」

 

 ぐい、と抱き寄せられて、唇にキスされる。――ちゅっと明るい音を立てる、いたずらっ子みたいなキス。そうされると、つい目を閉じて、おかわりをねだってしまう。

 

「……かわいい」

 

 ぞくぞくするような低い声が囁いたときには、もう唇が覆われていた。宏ちゃんにかぶさったまま、うっとりとキスを交わす。

 

「……ひろちゃん、好き」

「俺も……可愛いな、お前は~。もっとしてやる」

「わあっ……あはは、くすぐったい」

 

 唇だけじゃなくて、頬や顎にもキスされる。

 ぼくが「もう少し」ってお願いすると、宏ちゃんは決まって、食べきれないほどの大盛で返してくれるん。へろへろになっちゃうことも多いけど、嬉しい。

 

「……あっ」

 

 楽しくじゃれ合っている最中――腰を、優しく擦られた。さっきまでと違う、肌がそわそわするような手つき。パジャマの中に滑り込んできた手のひらが、素肌に吸いつくみたい。

 うろたえて、宏ちゃんを見上げると、切れ長の目が笑んでいた。

 

「宏ちゃん?」

「成。したい」

「ええ!?」

 

 率直なお誘いに、ぎょっとのけ反った。

 

「あ、朝からっ?」

「朝からしたいんだ。いやか?」

「い。嫌と、ちゃうけど……いいのかなぁ? 朝からなんて」

 

 カーテン越しに、朝の光が差し込んできて、すっかり明るいし。

 毎朝、犬のお散歩をしてるおじいさんと、ジョギングしてるおじいさんの挨拶が聞こえてきてるし。

 みんなが活動してる最中に、エッチするなんて。

 

 ――すっごい、いけない事って感じがするんですが……

 

 あわあわしていると、宏兄は笑った。

 

「それは、夫婦の自由だろ。ちなみに俺は、朝だけじゃないぞ。いつでも、お前としたい」

「ひえ」

 

 大胆過ぎることを言われて、絶句する。か、顔から火を噴きそう……!

 宏ちゃんは、ぼくを逞しい胸に閉じ込めた。大きな手のひらが、太ももを優しく撫でて……きゅっとお尻を包みこむ。そのまま、弾力を楽しむように揉まれて、吐息が震えた。

 

「やぁ……宏ちゃんっ、待って……」 

「……お前は、したくない?」

「そ、そんな……」

 

 鎖骨にキスをされただけで、目が熱く潤んだ。宏ちゃんに触れられると、昨夜の名残が残っていた体に、すぐパチパチと火花が散っちゃう。


「やあっ」


 こしょこしょと脇腹を撫でられて、Tシャツをくしゃくしゃに握りしめる。ぞくぞくする甘い痺れに耐えながら、切れ切れに訴えた。

 

「だめっ。朝ごはんが……」

 

 自分でも嘘やって、はっきりわかった。

 

 ――あ……ぼく、したいんや。朝から、宏ちゃんと……

 

 恥ずかしい。でも……してほしい。寧ろ、ここで「やめとくか」ってなっちゃったら、どうしよう――不安になって見上げると、宏ちゃんは笑みを浮かべていた。

 わかってるよ、って言うみたいに。

 

「ああっ……」

 

 脇から滑ってきた手に、優しく胸の突起を摘ままれて、はしたない声があふれ出す。

 もっとたくさん触って欲しくて、切ない疼きが止まらなくなる。

 

「ひろちゃん……したいです」

 

 ぼくは、あっけなく降参して、宏ちゃんの首に腕を回した。すると……ころん、と体をマットに転がされてしまう。

 

「ふふ。成、好きだよ」

 

 覆いかぶさって来た宏ちゃんが、嬉しそうに笑った。鼻歌を歌わんばかりに、ぷつぷつ、とボタンが外されるのを、ぼくは気恥ずかしい思いで見守った。

 

「今日はブランチにしようなー。他のことも全部、俺に任せろ」

「うう……」

 

 やたら楽しそうな夫に、頷けばいいのか、どうすればいいのか――照れているうちに、裸になってしまう。すっかり汗ばんでいた肌に、空気が触れて、少し震えた。 

 セクシーな笑みを浮かべて、宏ちゃんがぼくの頬にキスをする。

 

「だから、何も気にせず――たくさん気持ち良くなってくれな」

 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る