第132話【SIDE:陽平】

「陽平っ、待てってっ……!」


 廊下に臥す晶の体を、後ろから責め立てた。晶は呻きながら、長い腕を床に彷徨わせる。

 俺はセンターから家に帰ってすぐ、廊下に晶を突き倒し、行為に及んでいた。


「……晶、晶っ!」


 逃げようとする体を引き戻すと、繋がりが一層深くなる。乾いた音が鳴り、晶が淫らな声を上げた。

 俺は荒い息を吐きながら、衝動のままに晶を求める。


――『あの子は、もともと俺のものだ……』


 忌々しい声が、理性を灼き尽くす。あの野郎、よくも俺を虚仮にしやがって……!


 荒々しく揺さぶってやるうちに、晶も奔放に乱れていく。甘い声で叫び、靭やかな腰も、俺に調子をあわせ始めている。

 俺は息を荒らげ、一心不乱だった。憤怒と興奮で頭がチカチカし、視界が狭くなる。


――ふざけやがって……成己が、お前なんぞに抱かれるわけあるか……!


 思い切り深くで吐き出すと、晶の腰が震えた。――かつて、成己が磨いた廊下が、無残に汚れる。


「はぁ……」


 晶も達したようで、惚けたまま床に片頬をつけ、俺に体を捧げていた。


――どうだ、野江……こんなことが、お前にできるか?


 オメガを堕とした達成感に、気分が高揚する。

 お前は、成己にこんなこと、出来ねえだろう? 三流アルファが、調子に乗りやがって……!

 俺は、晶の脚を掴み、体をひっくり返した。


「陽平……っ」

「まだ……満足してねえだろ?」


 履いたままだった靴を脱がし、放り投げる。足に絡んだパンツを下着ごと剥ぎ取ると、晶はもどかしそうに腰を揺らしていた。


「……陽平、はやくしろよっ……」


 欲情しきった顔で、晶が懇願する。俺は深い愉悦を感じ、喉の奥で笑った。


「仕方ねえなあ」


 長い脚を折り畳み、上に乗り上げる。苦しい姿勢なのに、晶の表情には歓喜しかない。

 懸命にアルファを求める、オメガ――その様子に、自尊心が満たされる。


――俺は、失ってなんかねえ! 捨てただけだ。


 あの野郎は、俺の捨てたもんも拾えねえ、能無しの間抜けだ。

 俺は怒りのまま、白い体を貪った。





 暴れ狂っていた感情が落ち着いていき……俺は、漸く腰を引いた。――繋がりが解けて、息を吐く。

 甘い吐息を漏らし、晶は太腿を跳ね上げた。涙や汗で、上気した顔はしとどに濡れていた。

 ……流石に、やり過ぎた。冷静になって、濡れた頬を撫でた。


「晶、大丈夫か……?」

「……馬鹿……講義、サボらせやがって……」


 息を弾ませながら、晶が睨んでくる。

 俺は、少しバツが悪くなった。健診が終わった晶を引き連れて帰り、さんざん勝手をした自覚はある。


「悪い……」

「……まあ、いいよ。……お前には世話になってるし……別に、それくらい相手しろって事だろ?」

「……っ」


 暗い顔で目を背ける晶に、罪悪感で胸が痛んだ。


――何やってんだ、俺は……晶の体で、気晴らししたみたいじゃねえか……


 慌てて、痩身を抱きしめる。


「悪い。一方的だった」

「……」

「悪かった」

「……はぁ、もういい」


 暗い声で謝ると、晶がため息をつく。しなやかな腕を伸ばし、俺を抱いた。


「で……なんで荒れてんだよ?」

「……! いや」


 首をふると、晶は半眼で言う。


「あのな。苛々して、セックスするとか最悪だから。俺に悪いと思うなら、話せって」

「……」


 躊躇する俺に、晶は何か察したらしい。


「ああ……成己くんのこと?」

「……違っ……野江のことだ!」


 悲しげに伏せられた目に、焦って口走った。


「野江って、店長さんか? どういうことだよ」

「……」


 怪訝そうに眉を潜めた晶に、問い詰められ――俺は、野江の不遜な態度を話させられちまった。



「……なるほど。『俺のもの』ね」

「別に、どうでもいいけどな。野江の覇気のなさは、社交界でも有名だろ」


 野江家の次男は、親兄弟の脛をかじり、まともな仕事をしない道楽息子――それがあいつの評価だ。

 オメガを手に入れられる境遇にないから、人の婚約者に付き纏うのだろう。


「どうだろうな……結婚にこだわってないのかも。恋人が、センターに行かずに済むなら、御の字って」

「……は? 恋人って」


 ぎょっとして振り返ると、晶は冷たい顔をしていた。


「成己くんと、あの人……すごく距離が近かったし。成己くんの体って、開花してないんだろ?」

「そうだけど。それが何だ?」


 なぜか焦燥に駆られ、問い詰める。晶は声を潜めて、答えを口にした。


「――あの二人、ただの幼馴染じゃないのかもしれねぇ。オメガの体って、特定のアルファがいるときに、他のアルファと抱き合うと……ホルモンバランスが乱れやすくなるって言うし」

「!」

「成己くん……ずっと、あの人と。だから、お前で開花出来なかった、とか……信じたくねえけど……」


 晶の囁き声が耳に刺さり、俺は呼吸が早くなるのを感じてきた。


 ――『あの子は、もともと俺のものだからな……』


 二人の寄添う姿を思い出し、吐き気がこみ上げる。

 すると、晶が俺の手を握った。


「なぁんて、冗談だよ。成己くんに限って、そんなことしないって」


 重い空気を払拭しようとするように、明るく笑っている。――しかし、俺はもう逆上仕切っていた。


「陽平……?」

「……っ!」


 気遣わしげに肩に置かれた手を掴み、床に押し倒す。脚を開かせ、腰を強く押し付けた。――再び繋がり、晶が高く叫んだ。


――ふざけるな……! 成己は、成己は……!


 反省も忘れ、腰を押し付けていると――四肢が俺に巻き付いてくる。晶は自ら俺を引き寄せ、深くに誘った。


「遠慮すんなって」

「晶……っ」

「忘れさせてやるから……」


 芳醇なフェロモンが、晶から溢れ出す。

 妖しく締め付けられ――俺は、再び我を忘れる。


「晶、晶……!」

「陽平……陽平っ」


 俺は、晶と激しく貪り合う。

 何度も果て、何もかも忘れ、泥のように眠るまで――


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