第6話

「あら、成己くん。健診に来てたん?」

 

 ルンルン気分のぼくは、センターを出る間際に呼び止められた。ポニーテールを背で弾ませ、快活な足取りでこっちに近づいてくる女性に、ぼくは笑顔になる。

 

「涼子せんせい! こんにちはっ」

 

 ぺこりと頭を下げると、涼子先生が「元気そうやねぇ」と笑う。

 先生は、センターに勤めてはる保育士さんで、ぼくの教育係やった人。怒ったら怖いけど、それ以上にあったかくて――ぼくにとっては、お姉ちゃんみたいな存在だ。

 先生は、丸いほっぺに笑窪をうかべ、言う。

 

「せや、成己くん。こないだは卓司にプレゼント、ありがとうなあ。めっちゃ喜んでたわ」

「ほんまですか? よかったあ」

 

 先日、涼子先生の二番目のお子さんの卓司くんの、三歳の誕生日で。「はらぺこあおむし」のぬいぐるみをプレゼントしたんやけど、外してないか不安やったんよ。

 先生は、にこにこしながらスマホで写真を見せてくれた。

 

「ほらぁ、見て! ずーっと離さへんねんで」

「うわあ、めっちゃ可愛い~!」

 

 ふくふくほっぺに笑顔をのせた卓司くんが、小さな両腕でぬいぐるみを抱いている。胸がきゅうんとなるほど、幼気で可愛らしい。

 

「たっくん、ちょっと見んうちに、また大きくなったねぇ」

「せやろ! まあ、渦中におると、慌ただしくて浸る暇もないけどな。成己くんも、子供の写真はようけとっときや」

「うんっ、そうする!」

 

 と、先生はふいに目を細める。

 

「むふふ。ちっさかった成己くんと、こんな話をするとは。誕生日、楽しみやね」

「涼子先生……ありがとう」

 

 にやりと笑った涼子先生に、どんと脇腹を小突かれて、ぼくは照れ笑いする。

 先生は、ぼくが小さいころから「家族、家族」と大騒ぎしていたのを知ってるから。婚約を伝えたときも、一番喜んでくれたのは涼子先生やった。

 

「あ。ところで、成己くん。今日はこれから、いつものとこ行くん?」

「うん。そのつもりやで」

 

 しばらく談笑した後、涼子先生は思い出したように言う。

 ぼくが頷くと、先生はパン、と両手を合わせた。

 

「ほな、宏章くんに「予約」頼んどいてもろてええ? うちの旦那、あこのサンドイッチやないと嫌や言うねんか」

「あはは、わかった。いつもの?」

「そうそう! 仕事終わったら、取りに行くさかい。ありがとうね、成ちゃん」

 

 子供のときみたいな呼ばれ方が、くすぐったい。

「また後でね」と、手を振って別れると、先生は急ぎ足で仕事に戻って行った。



 

「お疲れさまですっ」

「どうぞお気をつけて」

 

 警備員さんに頭を下げて、センターの建物を出ると――ちょうど、太陽が真上にきていた。

 検査って、わりかし時間かかるよね。

 

「おなか減ったなあ」

 

 てくてく歩きながら、お腹をおさえる。

 

 ――検査あるから、朝からお茶だけやったもんなぁ。”お店”についたら、なんか食べさせてもらお!

 

 センターは広い敷地があって、建物を出てから外に出るまでに、二つも門がある。

 外の門までは、徒歩でニ十分くらい。でも、庭園みたいな道には、季節のお花が色とりどりに咲いていて。見ながら歩いてたら、あっという間に感じてしまう。

 

「――成!」

 

 二つ目の門を出たところで、低くつやのある声に呼び止められる。振り返ると、予想通りの人が車に凭れて手を振っていた。

 ぼくは、ぱっと笑顔になる。

 

「宏兄っ!」

 

 

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