婚約者をNTRされて全財産を奪われた俺は教え子とVtuberで大成功!~婚約者は後悔してるらしいけどもう遅い~

折本装置

第1話「最悪のNTR」

 ――幸せが待っているはずだった。



 婚約者と同棲しているマンションの一室。

 長引くと思われていた会議がたったの三十分で終わり、婚約者にメッセージを送ってから帰宅。

 特に返事はなかったが。



「仕事中なのかな」



 と、あまり深く考えることはしなかった。

 二人で住んでいるアパートの一室。

 部屋の前までたどり着き、扉を開けて、リビングへと入る。


 

 リビングの隣には寝室があって。

 そこから聞こえたのは聞き覚えのある嬌声だった。

 けれど、絶対に聞こえるはずのない声だった。

 何かの間違いであるはずだと、震える手でスマートフォンを起動して、カメラアプリを起動。

 録画を始めた。



 寝室を開けると、見覚えのある女と、見覚えのない男が結合していた。

 自分達の日常を象徴するベッドは婚約者と、見知らぬ男の浮気現場・・・・になっていた。

 蠢く二人の裸体を見て、言葉が出てこない。

 まるで金縛りにあったみたいに、体が動かない。

 ただ、録画状態のスマートフォンだけが機能していた。



「あっあっあっ、すごいのくるのお、あれっ」



 好意に夢中になっていたらしい婚約者と、ふと、目が合った。

 さあっ、と彼女の顔から血の気が引いていく。

 上気していた顔も、上がった息も、綺麗な体も、全て俺が幾度となく見たことがあるもので。

 けれど、今この瞬間浮かべている、この世の終わりみたいな表情だけは、一度たりとも見たことがなかった。



「…………」

「なんで、どうして?」

「えっ、は、何?彼氏?」



 男の方も気づいたようで、差し込んでいたものを引き抜いて、棒立ちになっている。

 差し込んでいたものも、釣り竿のように屹立している。

 もしかしたら、果てる寸前だったのかもしれない。



「ああ……」



 今までの記憶が駆け巡る。

 合コンで出会ったこと。

 初デートで映画を観に行ったこと。

 二度目のデートで水族館に行ったこと。

 三度目かのデートで交際を申し込んで、交際を始めたこと。

 初めて一つになったこと。

 旅行に行ったこと。

 同棲を始めたこと。

 プロポーズをして、受け入れてもらって、婚約をしたこと。

 それらすべてが、流れて、たった今砕けて散った。



「待って、違うの!」



 彼女が叫んでいたが、どうでもよかった。

 もう、何もかもがどうでもよくなっていた。

 俺は、家の外に出て走り続けた。


 

 ◇

 

 

 仕事柄、体力にだけは自信があったのだが、かなりの距離を走ったことになる。



「これから、どうしよう」



 走っていた、既に一時間以上経過していた。

 どこをどう走ったのかもわからない。信号無視をしていなければいいけど。



「夢、だよな。きっと、そうに決まってる」



 そういいながら、たまたま近くにあった公園の、ベンチに座り込んだ。

 あれは夢だったのだから、婚約者に連絡をすれば元通りのはずで。

 スマホを取り出そうとして。



「あのー、大丈夫ですか?」

「え?」



 声をかけられたので、とっさに顔を上げる。

 普通、女子高生が成人男性に声をかける理由はない。

 逆は、下心とか色々あるかもしれないが。

 つまり、相応の理由があるということ。

 ボブカットだろうか。

 ちょうど逆光になっていて、顔は良く見えない。

 おそらくだが、相当俺がつらそうに見えたのだろう。

 見ず知らずの人に、話しかけるほどに。



「あ、いえ、大丈夫ですよ」

「あ、あの」



 何か話しかけようとしていたが、俺には聞く余裕がなかった。

 腰に振動を感じたからだ。

きっと彼女からだと思ったので、スマートフォンに手を伸ばす。

 届いているのは、やはり婚約者からの一通のメッセージ。



「ごめんなさい」



 謝っているようで、反省しているようで、何の意味もない文章のられつ。



「ごめん、俺ちょっと行かなきゃなんで!」

「え、あ、はい、行ってらっしゃい!」



 女の子に、見送られながら走っていった。

 走りはじめて三秒で、その子に会ったこともすべて忘れてしまった。

 再び、住んでいるアパートに戻ってきた。

 無意識の産物か。

 体は、先程と同じ行動をしようとして。



「あれ、鍵、開いてる」



 バカか俺は。

 さっき自分で開けただろうが。

 玄関を、狭い廊下を抜けて、リビングに到達する。

 



 ――幸せが待っているはずだった。



 もうすぐ、結婚して。

 子供だって作ろうって話をして。

 ローンとか、お金のことについて頭を悩ませて話し合って。

 子供が生まれて、一緒に育てて。

 時々は、家族で出かけたりもして。

 旅行に行ったりして。

 授業参観とか、三者面談とか参加したりして。

 子供が育っていって、自立して。

 二人で老後を過ごして。一緒に散歩したりして。

 そんな未来が。

 待っているはずだから。



「た、だいま」



 からからに乾いた口から、言葉が出てこない。

 いつもならば、ちゃんとできることなのに。

 いつもならば、「おかえり」って言ってくれる人がいるのに。

 部屋は、暗かった。

 誰も、そこにはいなかった。



「なに、これ?」



 電気をつけると、リビングのテーブルの上に、何かが置いてある。

 何かは、預金通帳だった。

 印字されている名前からして、間違いなく俺のもの。

 俺は、あまり預金通帳を見るタイプじゃない。

 カードの限度額を超えて使ったことは人生で一度もないし、そこまで必死になって倹約しなくてもいいんじゃないかなと楽観的に考えている部分も少なからず存在していたから。

 どちらかというと、彼女の方が貯金に関してはストイックだった。

 猛烈に嫌な予感がした。

恐る恐る、通帳をめくる。

 一番最後には、0、という数字だけが書かれていた。



「ああ」



 ようやく、理解する。

 現実を飲み込む。

 はぐくんできたと思った愛情も、望んでいた未来も。

 全部、存在していなかった。



 日高手助。

 職業、体育教師。

 恋人、なし。

 所持金額、財布に入った5203円。

 備考。

 恋人を寝取られ・・・・・・・、恋人に所持金を全額持ち逃げ・・・・・・・・・・された。



「は、はは、はははっ」



 膝から崩れ落ちる。

 その膝は、持ち上がらなかった。


◇◇◇


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