通学オムニバス
木木
この世には意味のあるものとないものがある
男が歩いている。男の歩幅はきっかり60センチメートルで定規で作図したようにこちこちと歩いている。
女が歩いている。女はてっぺんに作り物のてかてかしたリンゴの載った帽子をかぶってビーチサンダルを履いている。
男は自動販売機の前に止まった。そして2千円札を3枚と500円硬貨を1枚と100円硬貨を3枚投入し、缶のコカ・コーラを3本と缶のペプシ・コーラを2本とお茶を1本、そしてブラックの缶コーヒー2本と加糖のコーヒーを2本買い、隣にあったベンチにボーリングのピンのように並べて立ち去った。
女はベンチに座った。そして、手に持っていたカラスの羽がついたバッグから同じトランプを4セット出すと、それらを一つにまとめてシャッフルを始めた。時折、バラバラとカードを落とすが全く気にしている様子は見られない。そして無造作にそのトランプをバッグに詰め込むとコカ・コーラを手に取り、かわりにバッグに入っていた、緑色の日焼け止めクリームをおいて立ち去った。
男は歩幅を70センチメートルに変えて歩いている。
女は八百屋からくすねたオレンジを手に乗せて歩いている。
男は本を読んでいる。ベージュ色のブックカバーのかかった文庫本で、相変わらず70センチメートルの歩幅であるきながら読んでいる。その本は、男が昔人間だった頃に書いた小説でいつでも右のポケットにどこかで拾ったコカ・コーラのプルタブとともに入っていた。
女はティッシュを受け取った。そして7歩後ろに歩いてもう一度ティッシュを受け取った。そしてまた7歩後ろに歩いてティッシュを受け取った。女の手に5つのティッシュが入ったとき、女は満足した様子で左のポケットにそれらを押し込み、かわりに鏡の入っていない手鏡を取り出した。
男は寝転んだ。公園のベンチの上に。西日が男の右側を熱する。そして、左のポケットからティッシュを5つ取り出すと、一枚ずつ引き出しては空気に乗せた。
女は座った。公園のベンチの上に。西日が女の背中を熱する。そして、バッグからプルタブのないコカ・コーラを取り出すと缶切りで上面に穴を開けて飲んだ。
男は見ていた。自分の上に座る奇妙な女を。
女は死んだ。男を横切るように仰向けに倒れると女の目は飛行機を見た。そして二度とその目が空を見ることはなかった。
男は立ち上がった。そして倒れた女をじっと観察した。そして、女の死体の隣に座り、女のテカテカとした作り物のリンゴの載った帽子を奪い、それを目深にかぶったとき、男は消えた。
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