妹に婚約者を寝取られましたが、私には不必要なのでどうぞご自由に。

酒本アズサ

第1話 前編

 いつもなら安眠妨害する勢いで毎朝私の部屋に来る一歳下の異母妹が、今朝はなぜか来ない。

 不穏な空気を感じて身支度を済ませてから、妹の部屋へ急いだ。

 三度のノックの後、声をかける。



「ミシェル……? 起きてる?」



 そっとドアを開けると、ミシェルのベッドの上にはシーツにくるまる裸のミシェルと、私の婚約者・・・・・

 十歳の時から六年間婚約者として過ごしたジェローム・ド・ルフリューズ伯爵令息。



 信じられない光景に固まっていると、ミシェルが目を覚ました。

 気だるそうに髪を掻き上げ、ジェローム様にしなだれかかるようにしながら私を見る。



「うふふ、ごめんなさいお姉様。ジェローム様は私の方が好きなんですって」



 驚いて固まったままでいると、ジェローム様が身じろぎした。



「う……ん、おはようミシェル。愛してるよ」



 私に気付かず寝ぼけながらミシェルの頭にキスをするジェローム様。



「では全てお父様とお義母様に報告するわね。二人共、がんばってね・・・・・・



「えっ!? は!? アニエス!? いや、これはその……!」



 話しかけた事で、やっと私の存在に気付いたらしい。

 私はベッドのサイドテーブルに歩み寄ると、呼び出しのベルを鳴らした。



 チリンチリンという音の後、すぐにメイドが二人部屋に入って来て現場を目撃する。

 息を飲むメイド達、不貞腐れた顔をするミシェル、アワアワとうろたえるジェローム様。



「もうすぐ朝食だから、二人の支度を手伝ってあげてちょうだい。朝食が喉を通るといいのだけれど、ふふふ」



「負け惜しみでしょう!? 素直にくやしがればいいじゃない!」



 部屋を出ていこうとする私にミシェルが怒鳴った。

 どうして私がくやしがると思ったのかしら?

 私はミシェルに優しく微笑みかける。



「いいえ? むしろあなたには感謝しかないわ、ミシェル。本当にありがとう」



 怪訝な顔をするミシェルと、蒼褪めるジェローム様を部屋に残して朝食のために食堂へ向かう。

 食堂には両親がそろっていたので、席に着いてからさきほど見たそのままを話した。



「あらあら、けれど仕方ないわね。愛らしいミシェルに心を奪われるのは責められないわ」



 私が生まれた頃にはすでにお父様の愛人だった継母は、父が目を光らせていたせいで体面を損なような事はせずとも、明らかに私とミシェルの扱いが違った。

 今更こういう事を言われても、私の心は動かない。



 申し訳なさそうどころか、誇らしげにそう言った継母と違い、お父様の顔色はジェローム様に負けず蒼白になっている。

 そうでしょうね、現状を正しく理解しているのは私とお父様だけでしょう。

 しばらくしてミシェルとジェローム様が食堂にやってきた。



「何てことをしてくれたんだ!! 責任は取るんだろうな!?」



 二人の顔を見るなり怒鳴りつけるお父様。

 ミシェルはジェローム様の腕に抱き着いてお父様を睨む。



「仕方ないじゃない、ジェローム様は私を愛してしまったんだもの!」



「はぁ……、ミシェル、お前は何もわかってない」



 深いため息を吐くお父様に、怪訝な視線を向けるミシェル。



「どうして? 私がジェローム様と結婚してこの家を継げばいいだけじゃない。魅力のないお姉さまが悪いんですもの」



「この……っ」「まぁまぁお父様。これで話はまとまるというものですわ。とりあえず食事にしましょう、説明は食べながらでも……」



 朝食が運ばれてきて、各々顔色がみんな違うのが面白い。

 説明を聞いてもミシェルとお義母様は笑顔でいられるかしら?



「まずはジェローム様、ミシェルと結婚するという事でよろしいですわね?」



「あ……、だが……、それは……」



「ジェローム様!? 私を愛しているのでしょう!? 何を迷っているの!? お姉さまもわかりきった事を聞かないで!」



 煮え切らないジェローム様の態度にミシェルがいら立つ。

 どうやらジェローム様も現状を多少理解しているようだ。

 ゴタゴタと言い争っている間にも、私はこの後のために目の前の料理をお腹に入れてカトラリーを置いた。



「ではお父様、私はこの家を出ておばあ様の元へ行きますね」



「待ってくれ! それでは……」



「まぁ! お姉さまは出ていくの!? そうよね、妹と元婚約者がいる家で暮らすのはつらいでしょうから」



 嬉しそうな声を上げるミシェルに、晴れやかな笑顔を向けて口を開く。



「うふふ、そうじゃないの。以前から亡くなった母の実家である侯爵家の養女になれと言われていたのだけれど、ジェローム様との婚約のせいで・・・・・・お断りしていたのよ。けれどミシェルのおかげで問題がなくなったわ」



「はぁ!? 聞いてないわ! どういう事!? お姉さまはジェローム様を愛していたんでしょう!?」



 どうやらミシェルは私がジェローム様を婚約者として尊重していたのを、愛していると勘違いしていたようだ。

 当然ながら両家のやりとりはもちろん、母の実家との関係も知らないのだろう。



「お父様達が決めた事に従っていただけよ。ジェローム様、私が侯爵家に行けば、このベル伯爵家は侯爵家からの援助が打ち切られます。当然ベル伯爵家うちからルフリューズ伯爵家に行っていた援助も今後はできなくなるのでご了承ください」



「「はぁっ!?」」



 お義母様とミシェルが同時にそっくりな声を上げた。

 どうやら全く知らなかったようだ。



 つまり、私がこの家からいなくなる事で、亡くなった母の実家から受けていた援助が受けられなくなる。

 そして援助のおかげで裕福な生活ができていた我が家は、父の友人に頼み込まれて婿入りを条件に援助をしていたのだ。



 侯爵家からの援助で豊かな生活をしていた我が家は、援助がなくなれば明日にでも貧乏貴族である。

 先日お義母様とミシェルが夜会用のドレスを注文していたけれど、その支払いをしたら使用人も雇えなくなるのではないかしら?



「でもミシェルとジェローム様は愛し合っているのだから、力を合わせて頑張ってちょうだい。ではお父様、私はこのままお婆様の元へ参ります。残していく私の私物は適当に処分してくださいませ、あちらには私の部屋もすでに準備されているらしいので。ではごきげんよう」



 ゆったりとカーテシーをして食堂を後にした。


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