四国巡礼日記・ファイナル~そして結願へ~

土橋俊寛

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新幹線と在来線特急を乗り継いで、二か月ぶりに伊予三島駅へ舞い戻ってきた。東京では今週に入って気温がグンと上がり、陽気が一気に春めいてきた。ありがたいことに、事情はどうやら愛媛県でも同じらしい。ちょうど一年前、お遍路で初めて徳島の地を踏んだ時は寒さに驚いたものだった。東京よりも南に位置する四国がどうしてこんなに寒いのだろうと疑問に思ったが、今回は寒さに悩まされずに済みそうだ。


駅舎を背にしてまっすぐに歩くとすぐに遍路道に復帰した。国道十一号線を横断し、一路、三角寺へ向かう。距離は六・五キロ、一時間半もあれば到着するだろう。しばらくは街中の平坦な道路を歩くが、松山自動車道を過ぎると道は登り坂になる。三角寺は平石山の中腹に建っているのだ。


アスファルトの舗装路がコンクリートで固めた小道に変わり、やがて杉の木立やコシダに囲まれた自然路が現れた。足元の石には苔が蒸していて風情がある。勾配はさほど急でもなく、肩慣らしにはちょうどよい。


三角寺までの遍路道沿いでは新旧ないまぜにした道標を実にたくさん目にした。誰も迷わないような場所にもペタペタと貼られた矢印のステッカーは、人によっては過剰と思うかもしれないが、私には心強く感じられた。歩き遍路にとって、自分が正しい道を進んでいるのかどうかは常に気がかりである。


自然路の曲がり角に建つ「三角寺これより六丁」の石碑は、大正十三年に設置されたという古い道標のひとつだ。一丁はおよそ百九メートルなので、六丁は六百五十メートルほどである。


この石碑には、三角寺で通夜が可能だという旨の文章が刻まれていた。通夜というのは葬儀を指しているのではなく、夜通し居られる、つまり宿泊できることを意味する。お遍路さんが風雨をしのげるように通夜堂を用意している四国霊場の寺院も少なくない。三角寺から次の雲辺寺までは高低差の大きなアップダウンがあり、三角寺で一泊してから雲辺寺へ向かえるのは当時のお遍路さんにとって大層ありがたかったに違いない。現在でも両寺の間には宿が少なく、どこで宿泊するのかは歩き遍路にとって悩みの種なのである。


坂道を登りきると三角寺の広い駐車場に出た。そこから山門まで続く長い石段が目に留まり、私は一瞬たじろいだが、金剛杖を突きながら一段ずつ足を上げて登っていく。六十五番札所三角寺の山門は鐘楼門だった。菩堤の道場、最後の札所である。


境内の中ほどにある薬師堂はイボや魚の目にご利益があるといい、これに縋りたくなる歩き遍路も少なくないに違いない。幸い、私は初日から水ぶくれに悩まされるような羽目には陥らずに済んでいる。納め札を納め、読経すると、再びお遍路が始まったのだと実感する。


境内にはちらほらと参拝者の姿も見え、どうやらお遍路さんが戻り始めているようだ。中には歩き遍路もいて、白衣と菅笠を身に着けた外国人の青年が、私が持ち歩いているのと同じポケットサイズの地図を熱心に見つめていた。


「今日はどこまで歩くつもりなの?」


歩き遍路のお遍路さんはしばしば、あいさつ代わりにこう質問する。


「今日は三角寺でお終いで、この先にある遍路宿まで歩くつもりです」


ひょっとしたら私と同じ宿かもしれないと思い場所を訊ねたが、どうやら私とは別の宿のようだ。


「本当はそっちに泊まりたいと思っていたんです」。そっちというのは私の宿のことだ。「でも、あいにく今日は満室らしくて」


お遍路さんが戻ってくるにつれて、宿の確保は重要性を増してくる。私は週初めに予約を入れておいたのだった。


青年は名前をビゴーといい、はるばるデンマークから四国巡礼にやって来たそうだ。お遍路に興味を抱いた彼はSNSを通じて多くの情報を集め、さあ渡日という段階でコロナウイルスのパンデミックが始まった。彼自身のスケジュールの都合もあり、二年待った末の今年に入ってようやく念願がかなったのだった。


彼は全行程のおよそ九割を歩き、残りの一割をバスや電車で移動しているそうだ。海外からのお遍路さんには通し打ち以外の選択肢がほぼないため、徒歩一辺倒にこだわるのではなく、臨機応変に行程をこなしていくことが何よりも重要であるに違いない。


それにしても、日本語を解さない外国人にとっての歩き遍路の苦労は察するに余りある。彼が知っている日本語は「こんにちは」「ありがとう」「すごい」の三つだけで、寺院の名前も当然読めない。日本語の標識しかないような場所を一体どうやって乗り切っているのだろう。


「スマホで写真を撮って、翻訳アプリで訳すんです」。なるほど、その発想は私にはなかった。「でも、しばしば訳が正しくなくて……」。四国遍路道が世界遺産に登録されるためには、非日本語話者にも優しい道標や標識の整備が必要不可欠だと私には思われる。

彼の宿泊所の近くまで歩き、また明日と声を掛け合って別れた。明日も一緒に歩こうと約束した訳ではないが、行き先は同じなのだし、この先も道中できっと顔を合わせることになるだろう。


しばらく行くと道沿いに別格十四番常福寺(椿堂)が見えたが、鳥居を彷彿させる真っ赤な鐘楼門に私は度肝を抜かれた。本当に、鳥居に梵鐘を取り付け、瓦屋根を被せたような出立ちなのだ。この奇抜な山門を見ただけでも、私は常福寺に立ち寄った甲斐があったと思った。お参り後に境内のベンチで休んでいたのだが、小ぶりの寺院にも関わらず、参拝者やお遍路さんが入れ替わり立ち替わり訪れていた。


さて、常福寺の後は宿に向かって国道百九十二号線をまっすぐに歩いていくだけだ。途中、境目トンネルという、文字通り県境であるトンネルを抜けると、出口付近に「徳島県三好市」の道路標識が見えた。


あれ? どうして徳島県なのだ?


私は全く意表を突かれた。徳島、高知、愛媛と来て次は香川だと思い込んでいたからだ。改めて地図を確認してみると、この辺りは三県が入り組んでいて、私が今いる場所は確かに徳島県なのだった。それどころか、明日訪ねる雲辺寺も境内は徳島県である(ロープウェイの山頂駅は香川県にある)。ガイドブックでも、一般的には香川県にある二十三か寺を「涅槃の道場」と呼び、雲辺寺はその最初の札所と紹介されている。


しかし、そんなことは些細なことである。今日で菩提の道場を全て打ち終えたことは確かなのだ。明日からはいよいよ涅槃の道場が始まるのである。

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