第45話
意識を集中すると、南東の方角に引っ掛かる何かを感じる。
もしかすると、王妃殿下なのだろうか。
確信はない。けれど、南東の方角に何かがあることは確かだ。
「南東の方角が気になります。距離は直線距離で100mほどでしょうか。」
私は感じたままのことを伝える。
「王妃殿下かしら?」
「私ではそこまでわかりません。」
「行ってみよう。ここにいるよりも良いだろう。」
シルキー殿下の号令で私たちはユフェライラ様を部屋に残したまま南東の方向に向かう。
ユフェライラ様は魔法のチェーンで拘束してあるのでよほどのことがない限りは動くことができないだろう。
南東の方角に歩いているが、不思議と誰ともすれ違うことはない。
やはり、ユフェライラ様が衛兵たちになんらかの命令をしたのかもしれない。
いくつもの角を曲がりながら、進んでいるとちょうど反応が真下からあった。ただ、まわりには壁があるばかりで下に続く階段などは見て取れない。部屋のドアすらない。
「この真下から反応があります。」
「この辺を探すぞ。」
「この先は行き止まりね。」
反応があった場所から廊下を5mほど進んだ先には、壁があった。そこまでは部屋に続くドアもない。壁と壁に飾られた装飾品があるばかりだ。
「なにか、下へと続く階段が隠されているはずだ。」
シルキー殿下はそう言って、反応があった側の壁をトントンと軽く叩いてまわる。なにやら、壁を叩くことで音が違うところがあるとそこには空間がある可能性が高いのだとか。
「あった。ここだ。」
そう言って、シルキー殿下は廊下の突き当りの壁の前で立ち止まった。
そこだけ音が違うらしい。
ただ、見た目は壁があるだけでどうやって下に下りればいいのかはわからない。
「なにか、仕掛けがあるはずなんだが……。ユリア、王妃殿下から仕掛けについてなにか聞いていたりしないか?」
シルキー殿下はユリアさんに聞きながらも壁に飾られている燭台や壁の近くに置かれている置物を調べている。
「残念ながら仕掛けがあるとしか。」
ユリアさんは首を横に振る。
真下から反応があるのに、下に下りるすべがわからず途方に暮れる。
「……外から回り込んでみてはいかがでしょうか?」
もしかしたら外側に仕掛けがあるのではないかと思い二人に提案する。
だが、シルキー殿下もユリアさんも首を横に振った。
「外はね、深い堀があるのよ。水も通っているわ。だから、外から王宮の中に入るのは難しいわ。」
「ああ。泳いで堀を渡らなければならない。」
「……そうですか。だとすると、ここになにか……。」
ふっと何かが私を呼んだ気がした。私は呼ばれた方向を振り向くと、そこには一匹の猫がいた。
いや、本物の猫と見紛うばかりの置物が台座にちまっと置かれていた。
「この猫の置物……。」
私は、茶色の猫の置物に近づく。
木彫りで出来た猫の置物は今にも動き出しそうなほどにリアルだ。
私は、猫の置物の頭の部分をそっと優しく何度も撫でる。
なんども撫でていると、ほんのりと猫の置物が熱を帯びてきたのを感じた。
「……暖かい。」
すると猫の置物が台座ごと、横にスライドして、台座が元々置かれていた場所に地下へと続く階段が現れた。
「……階段が現れたわね。」
「これが地下への階段。この下に国王陛下と王妃殿下がいらっしゃるのか。」
ユリアさんとシルキー殿下がマジマジと階段を見つめる。
それにしてもこの仕掛けは誰が考えたものなのだろうか。猫の置物を何度も撫でるのが階段を出現させるトリガーだなんて思いもしなかった。
じゃあ、なんで何度も撫でたのかと言われると何故だかわからないけれど、そうしなければいけないと思ったからだ。
「行きましょう。」
「私が先頭を行く。」
シルキー殿下が先頭を行く。
この先にいるのが国王陛下と王妃殿下だけとは限らないからだ。もしかしたら、ユフェライラ様の手の者が待ち構えているかもしれない。現に城の中を守っている衛兵の姿は少ないと感じたし。
意外と地下へと降りる階段は明かりが各所に灯されており、とても明るかった。
いつ誰が明かりを灯したのかはわからないが、お陰でなんなく階段を降りることができた。
どれくらい地下へ続く階段を降りただろうか。
結構な時間歩いたような気がする。
階段は途中で別れることなく一本道だった。だから迷うことはない。ただ、距離がとても長いのだ。
「結構下まで降りるんですね。」
「そうだな。2階分は下りただろうか。」
「そうね。深いわね。」
コツコツと足音を立てながらいつまで降りれば良いのかわからない階段を一段一段降りていく。
先頭を行くシルキー殿下は前を確認しながら進む。
「階段がなくなった。」
シルキー殿下が不意にそう言った。
ついに一番下まで降りたらしい。
そこから先の道についても枝分かれすることなく一本道だった。
「……静かに。誰かいるみたいだ。」
先頭を歩いていたシルキー殿下が物音を耳に拾ったようで歩みを止めた。
その場でしばらく先の様子を伺う。
「………………。」
「………………。」
確かに誰かが話しているような声が聞こえる。だが、声が小さすぎて何を言っているのかまではわからなかった。
シルキー殿下は足音を立てないように少しずつ前に進んで行く。
私たちも出来るだけ足音を立てないようにシルキー殿下についていく。
やがて、声は大きくなり喋っている内容を判別できるようになった。
「ユフェライラにはしてやられたな。」
「そうね。まさか、乗り込んでくるとは思わなかったわ。」
「王妃だったら逃げ出せたのではないか?」
「逃げ出せたわ。でも、シルキーもユリアもマリアちゃんも王宮にはいたみたいだし、彼らに任せることにしたの。」
「そうか。」
「シルキーに王位を継がせるためには、実績が必要になるもの。国を乗っ取ろうとした妾妃を倒して捕らわれていた国王と王妃を救った英雄。そう話題になれば、今まで姿を見せなかったことで民から良く思われていなかったシルキーも表舞台に立ちやすくなると思うの。」
「そうだな。しかし、ここがわかるのだろうか。」
声は男性と女性のものだった。
話している内容からするに国王陛下と王妃殿下の可能性が高い。
でも、女性の方の声はよくどこかで聞いたことがあるような声だ。しかも、私のことをマリアちゃんと親し気に呼んでいる。
王妃殿下には今まで「マリアちゃん」なんて親しみを込めて呼ばれたことはない。それに「マリア」という名前は保護猫施設でのみ使用していた偽名だ。
それを何故王妃殿下が知っているのだろうか。
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