第43話




 シルキー殿下の痛めた手からは黒い靄みたいなものが立ち上がっていた。

 「大丈夫」だとシルキー殿下は言っているが痛みが酷いのか脂汗が額に滲んでいる。

 傷が深いとかそういうのではなく、強い魔力が込められているように思える。

 

「シルキー殿下になにをされたのですかっ!」


 相手は国王陛下の妾妃様であるユフェライラ様だ。

 不敬にあたるかもしれないが、そんなことは言っていられなかった。そもそもユフェライラ様よりも、シルキー殿下の方が身分は高い。そのシルキー殿下にユフェライラ様は危害を加えたのだ。国王陛下と王妃殿下もユフェライラ様が捕えたと先ほどおっしゃっていた。

 つまり、この時点でもうユフェライラ様の国家反逆罪が確定しているのだ。


「さすが時期王妃候補とだけあるわね。でも、私、あなたのそういうところが嫌いなの。あなたは私の手足となって私の言う事だけを聞いていればいいのよ。」


 ユフェライラ様はそう言って顔を歪めた。

 

「私は傀儡になる気はありません。」


「そう。でも、あなたは私の言うことを聞くしかないのよ。」


 ユフェライラ様はそう言って私に近づいてくる。

 そして、私の手を取り自らの方に引き寄せようとする。

 

「ぎゃあっ!」


 しかしながら、ユフェライラ様は私の手を取ろうとして大きな悲鳴を上げて、私から弾かれたように後ろに飛び跳ねた。

 ユフェライラ様は私を掴もうとした右手を抱えて蹲る。

 なにが起きたのか理解できずに私はただユフェライラ様を呆然と見つめた。

 

「まさかっ……。そんなバカな……。ユースフェルトはアンナライラを気に入っていたはずなのに、なぜ……。」


 ユフェライラ様はくぐもった声で納得ができないと訴える。

 

「王族はユースフェルト殿下だけではなく、ここにいるシルキー殿下も王族の直系なのよ。」


 ユリアさんが誇らしげにユフェライラ様に向かって言い放つ。

 

「ばかなっ!アマリアとシルキーの接点はなかったはずっ!昨日今日会ったばかりでそのような関係になどなるはずがないわっ!」


 ユフェライラ様は激昂したかのように声を張り上げて取り乱す。

 そこには優雅な妾妃の面影は一つもなかった。


「おのれっ!やはりお前は傀儡にっ……。ぎゃぁあああああ。」


 ユフェライラ様はもう一度私に触れようとする。

 ユフェライラ様の手先から真っ黒な靄が伸びる。その靄が私に触れるか触れないかのところで眩い光に弾かれた。

 ユフェライラ様は苦悶の表情を浮かべてその場に転がる。

 

「すごいわね。マリアちゃんの力は。」


 ユリアさんは私の方を見て感心したように頷いている。

 

「これは……私の、力……なの?」


 ユリアさんの言葉に私は驚きながら自分の身体を見る。

 薄く淡い光が私の身体を守るように包み込んでいた。

 

「そうよ。それはマリアちゃんの力なの。正確にはシルキー殿下からマリアちゃんに与えられた守るための力ね。」


「えっ?」


「なっ……!?」


 ユリアさんの言葉に驚いて声を上げた。

 シルキー殿下は驚いたというより、なぜそれを今ここで言うんだよ!とユリアさんを責めているような声だった。

 

「シルキー殿下が、私を……?」


 よく理解ができなくて縋るようにユリアさんに視線を移す。


「ええ。そうよ。その力は王族が心から愛する相手に送られる力なの。」


 ユリアさんはにっこり笑って私を取り巻く淡い力の正体を教えてくれた。

 私はその言葉をゆっくり噛みしめるように繰り返し呟きながら理解をしようとして……。


「ええっ!?シルキー殿下が私をっ!?」


 思わず取り乱して声を上げた。

 

「……わるいかよ。」


 シルキー殿下はぶすっとした表情を浮かべてごちた。

 思いもしなかったシルキー殿下からの告白に私は顔を徐々に赤くしていく。

 頬が痛いくらいに真っ赤になる。

 まさか、だって……。という気持ちでいっぱいだ。


「だって!だって!ブチ様は私に触らせてくれなかったじゃないっ。あまり私の近くに近寄って来てもくれなかったわ。」


 私は保護猫施設でブチ様に出会ってから今までのことを思い出す。

 保護猫施設で一番懐いてくれなかったのがブチ様なのだ。一番というか、唯一懐いてくれなかったのがブチ様だ。

 だから、まさかブチ様に愛されているとは思いもしなかった。

 

「……。」


 シルキー様は何も言わずに頬を赤くして私から視線を逸らした。その様子をユリアさんは微笑ましそうに見つめていた。

 

「つもる話はあるでしょうけど後にして、まずは目の前のユフェライラ様をどうにかして、国王陛下と王妃殿下の無事を確認しましょうか。」


 ユリアさんはそう言ってユフェライラ様に視線を戻した。

 

「ユフェライラ様、国王陛下と王妃殿下を解放してはいただけませんか?」


 ユリアさんはユフェライラ様に尋ねる。

 ユフェライラ様は痛む身体を抱きしめながらこちらを激しく睨みつけた。

 





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る