第42話


「それで、マリアちゃん。あなたは私たちに何かを伝えたかったのよね?何を伝えたかったのかしら?」


 王妃殿下の元へと向かう道すがらユリアさんが尋ねてくる。

 私は牢の中で聞いたユフェライラの独り言のことをユリアさんとシルキー殿下に伝えた。


「まあ、ユフェライラ様ったらついに本性を現したのね。」


「ユフェライラには前々から薄ら寒い思いをさせられてきたが、まさかここまでとは……。」


「ユフェライラ様があの女と呼んでいる人が誰だかはわかりません。わかりませんが、その人が危険にさらされるのではないかと思ってユフェライラ様の後を追おうとしていたのです。アンナライラ嬢にユフェライラ様がしたことを思えば、ユフェライラ様は何をしてもおかしくはないでしょう。」


 私はユフェライラ様のことを思い出して苦虫を噛みつぶしたような顔をする。

 自分の息子であるユースフェルト殿下を王位につかせるために十年以上の歳月をかけて準備をおこなってきたような人だ。その方法も正攻法ではない。きっと、アンナライラ嬢以外にも犠牲になった人がいるに違いない。

 

「……そうだな。」


「だとしたらっ……。一番危ないのは王妃殿下だわ。」


 シルキー殿下は神妙に頷く。

 ユリアさんは焦ったように声を上げた。


「一刻も早く王妃殿下の元に行くぞ。」


「ええ。」


「はい。」


 シルキー殿下の合図で私たちは王宮の奥深くで待っているという王妃殿下の元に急いだ。

 すれ違う人たちは私たちの必死な形相を見て、何事かと振り返っていく。だが、誰に伝えることもせずただただまっすぐに王妃殿下のいる場所へ向かう。

 今は説明している時間すらも惜しい。それに、どこにユフェライラ様の手の物がいるか紛れているのかわからないのだ。今は信頼できる者以外には何も伝えない方がよい。

 しばらくして、王宮の奥の部屋にたどり着いた。

 一際豪華で頑丈なドアの前、不自然なことに衛兵が一人も立っていなかった。


「王妃殿下はここにいらっしゃるはずだわ。」


 ユリアさんはその扉の前で立ち止まった。


「おかしいな。衛兵がいない。」


 シルキー殿下が周りの様子を確認して、怪訝そうな顔を浮かべる。


「ええ。こちらに近づくほどに衛兵の数が少なくなっていきました。なにかが、おかしいような気がします。」


 私も、ここまで来る道すがらに衛兵の数が少ないことが気になった。王宮の奥に行けば行くほど不審人物が入り込む可能性が低いから衛兵を手薄にしているのかとも思うが、奥に行く方が王宮の重要な人物が住まっている。衛兵の数を少なくするというのがおかしいのだ。


「……入りましょう。」


 ユリアさんはそう言って扉に手をかけた。

 扉を開ける前に中に声をかけたが、中からは誰の返事もなかった。ただ、部屋の中には数人の気配がする。これは何かあったのではないかと私たちは部屋の中へと足を踏み入れた。


「ユフェライラ様……。」


「ユフェライラ……。」


 部屋の中にはユフェライラ様がいらっしゃった。部屋の中の一際豪華な椅子にユフェライラ様は座っている。そして、私たちを迎えた。

 数名の衛兵はユフェライラ様を守るようにユフェライラ様の傍に侍っている。

 ユフェライラ様のほの暗い瞳が私たちの姿を捕らえた。


「あらぁ。あなたからここに来てくれるだなんて。私、とっても嬉しいわ。でも、あなたが逃げ出したからまだ泳がしておくはずだった国王と王妃を拘束させていただいたわ。うふふ。アマリア、こちらにいらっしゃい。あなたはこれから私の傀儡として生きていくの。さあ、こちらにいらっしゃい、アマリア。」


 ユフェライラ様は私たちの姿を……私の姿を捕らえてにぃっと笑みを造った。

 ぞくっと背筋に冷たいモノが走る。


「私は傀儡になる気はありません。」


 冷や汗が額を伝い落ちる。

 けれど、ユフェライラ様に屈するわけにはいかない。私はユフェライラ様の傀儡になる気は無い。


「あらぁ。あなたの意思は関係ないわ。すべては私の指示に従えばいいの。」


「あなたには従いません。それより、国王陛下と王妃殿下はどちらにいらっしゃるのですか。」


 私は反対にユフェライラ様に問いかける。

 この部屋には国王陛下と王妃殿下がいたはずなのだから。

 ユフェライラ様は面白くなさそうに顔を顰める。


「あの人たちは邪魔なのよ。ユースフェルトの王位継承式が終わったら闇に葬るわ。今は邪魔ができないように地下に閉じ込めているわ。そんなことより私にはアマリアが必要なの。」


 ユフェライラ様はそう言うと椅子から立ち上がり、私のもとに歩いてくる。ユフェライラ様の足取りはなぜだかふらついている。きっと正気ではないのだろう。

 もう少しでユフェライラ様の手が私に触れる。私は後ずさりをした。


「マリアに触るなっ!」


 同時にシルキー殿下の声が響き渡った。

 シルキー殿下はユフェライラ様の手首を掴み、私に触れるのを阻止したようだ。


「……シルキーか?邪魔をするでない。」


 ユフェライラ様の冷たい視線がシルキー殿下を射貫く。

 シルキー殿下はそれでもユフェライラ様の手は放さなかった。


「話すものか。マリアに指一本でも触れてみろ。オレが許さないっ!」


「許さない?シルキーに許してもらう必要はないの。その手を放しなさい。」


「放すわけがないだろうっ!……っ!!」


 シルキー殿下はユフェライラ様の手を放さないと告げたが、すぐにくぐもった声を上げてユフェライラ様の手を放してしまった。


「シルキー殿下っ!」


「シルキーっ!!」


 ユリアさんと私の声が重なる。

 シルキー殿下はユフェライラ様を掴んでいた右手を押さえてその場に蹲ってしまった。


「……っ。大丈夫だ。」


 シルキー殿下はかすれた声でそう言うが、額には脂汗が浮かんでいた。

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