第37話





「あ……って、ここから出してもらう前にナーガさん行っちゃったわ。」


 まあ、ナーガさんにお願いしても牢から出してもらえるだけの権限がナーガさんにあるかは不明だけれども。

 去っていくナーガさんの後ろ姿を見て、今更ながらにブチ様のことをお願いするだけではなく、牢から出して欲しいと訴えるべきだったと思った。

 

「ああ。でも心配だわ。ブチ様。やっぱり昨日見たのはブチ様だったのよ。今、どこにいるのかしら。ブチ様も捕まってないよね。大丈夫ですわよね。」


 ブチ様が保護猫施設にいるかもしれないと思っていた時はまだよかった。ナーガさんの口からブチ様が昨日から帰って来ていないと聞かされてしまっては落ち着いていることなどできなかった。

 ナーガさんにブチ様のことをお願いはしたものの、ナーガさんはユフェライラ様のことで頭がいっぱいになってしまったようにも見受けられたし。

 やはり、ここはブチ様を自ら探しに行かないと落ち着かない。

 私は牢で出してくれるのを待っているだけじゃダメなんだ。

 勝手に牢を出たことで罰が増やされるかもしれないえけれど。そんなことは知ったことではない。

 ブチ様が無事ならそれでいい。

 ブチ様を無事に保護できたならば私はそれだけでいい。


「ここから、でなきゃ。でも、どうやって……?ブチ様のように猫だったなら、鉄格子の隙間から抜け出すことができるのに。」


 私はここから出たいと強く思った。猫の姿ならでられるのに、と。

 

 その瞬間、私の視線がガクンッと低くなった。


「にゃぅ?(えっ?)」


 驚いて声を上げれば猫の鳴き声が聞こえてくる。

 薄暗い牢の中を見回すと夜目が利くようになったのか、薄暗くて見えなかった壁のシミまでよく見えるようになった。

 これはどうしたことだろうと、きょろきょろと辺りを見回す。すると、すぐ近くに黒い尻尾を見つけた。

 猫の尻尾のようだ。

 

 ……こんなところに猫が?いつからいたの?

 

 私は猫の尻尾の持ち主を探す。視線で追うが一緒に尻尾も動いてしまい猫自体は見つけられない。それならばと、手足を動かして尻尾を捕まえようとするが、尻尾は器用にグルグルと私と一緒にまわりだしてしまい捕まえることができない。

 

「にゃあ?(あれ?)」


 なんだか、私の身体にピッタリと尻尾がくっついているような気がする。

 そう思って私は動くのを止めた。とたんに尻尾も動き回るのを止める。

 そして恐る恐る自分の手を顔の前まで持ってきてみる。

 

「にゃあっ!?(えええっ!?)」


 目の高さまで持ち上げた自分の手は真っ黒な毛におおわれていた。しかも、可愛い黒い肉球までセットになっている。

 これは、やっぱり、先ほどの尻尾は私の尻尾だったようだ。

 でも、なんで急に猫に……?

 猫に憑依してしまったのかしらと思って辺りを見回すが、元居た牢のままである。そして、人間である私の身体はその場にはなかった。

 猫に憑依したというよりは、猫の姿になってしまったという方が正しいだろうか。

 いったい、なんで?と不思議には思うが同時にチャンスだと思った。

 猫の姿ならこの鉄格子をすり抜けることができるだろう。鉄格子は猫の身体だったらすり抜けるくらいの隙間が空いているのだから。

 私はどうして猫の姿になってしまったのか、については考えることを止めた。そして、この場から出ることに思考を切り替える。

 その時、牢の階段を誰かが降りてくるような足音が聞こえてきた。ナーガさんとはまったく違う足音だ。

 私はベッドの陰に隠れる。

 幸い私の姿は黒い猫の姿だった。

 薄暗い中では黒猫である私の姿は目立たない。部屋の隅や物陰に隠れてしまえば見つかることはまずないだろう。このまま牢からでて階段を降りてくる人と階段で鉢合わせになったときの方が危ない。

 階段には隠れられるような隙間や影はなかったはずだ。

 物陰に隠れて息を殺して階段から降りてくる人物を探る。

 

「ふふっ。私ったらなんで気づかなかったのかしらぁ。アマリアが私の言うことを聞かないんだったらアンナライラみたいに殺してしまえばいいじゃないの。ふふっ。殺した後で仮初の魂を入れれば、お飾りの次期王妃の誕生だわ。アンナライラを造るなんて遠回りなことしなくても最初からこうしておけばよかったんだわ。」


 ブツブツと呟きながら黒いドレスを纏った女性が降りてきた。

 ユフェライラ様だ。

 猫の聴覚は人間よりも優れていると聞いたことがあるがどうやら本当だったらしい。人間の姿の時だったら聞こえなかったユフェライラ様の小さな呟きまで私の耳には聞こえてきた。

 

「アマリア、待っていなさい私があなたを蘇らせてあげるわ。あの邪魔な女はアマリアのことを気に入っているようだし、私がアマリアを操ればあの女はなにも疑うことなくアマリアに殺されるでしょう。ふふふふふ。本当に最初からこうしておけばよかったわ。」


 ユフェライラ様は愉快に笑いながら私の牢の前までやってきた。

 

「アマリア。いるのでしょう?大丈夫よ、私が無実を証明してここから出してあげるわ。」


 ユフェライラ様が甘い声で私に問いかける。

 私はベッドの影に隠れたまま息をひそめる。

 徐々にユフェライラ様の顔が笑顔から般若のような顔になっていくのを他人ごとのように見つめていた。

 

「いないじゃないっ!!衛兵はなにをしていたの!まさかっ!あの女!あの女が先回りしてアマリアを牢から出したというのっ!!」


 先ほどからユフェライラ様が言う「あの女」とはいったい誰のことなのだろうか。私をつかってその人を殺害したかったようだが。

 気になるので物陰に隠れたままユフェライラ様の様子をジッと伺う。

 だが、ユフェライラ様はこれ以上「あの女」については何も言わなかった。

 思い通りにならないことに憤って、足を踏み鳴らしながら階段を上がっていく音が聞こえた。どうやら「あの女」の元に向かったようだ。

 ブチ様のことも気になるが、このままではユフェライラ様が「あの女」に直接危害を加えそうだ。知っていてそれを止めなかったとなると目覚めが悪い。

 私はブチ様のことを後回しにし、ユフェライラ様の後を追うことにした。

 幸い猫の嗅覚は人間よりも優れているので、一度ユフェライラ様の匂いを覚えてしまえば離れてから後を追うことなど造作もなかった。

 


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