第35話



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「なぜこうも上手くことが運ばないのかしら。」


 自室に戻ったユフェライラは、ソファーに寄りかかりながら大きなため息をついた。

 途中まではよかったのだ。

 王妃の息子である邪魔なシルキー第一王子の暗殺には失敗したが、王宮からは追い出すことができた。その間、シルキーの代わりに自分の息子であるユースフェルトが表舞台に姿を現し続けたことで、国民は第一王子であるシルキーのことを忘れ、ユースフェルトこそが第一王子であると錯覚していた。

 ゆえに、第二王位継承権を保持しているユースフェルトが王位を継ぐ可能性は非常に高かった。国民たちは姿を見せぬシルキーを第一王位継承権を持つ王子だと徐々に忘れていったのだから。

 そこまでは順調に進んでいたのだ。

 だが、第二王子であるユースフェルトの王位の座をゆるぎないものとするためには、高位貴族との縁談が必要であった。そして出来ればその相手はユフェライラの都合の良い相手である必要があった。

 ユフェライラが傀儡のように扱える高位貴族の娘であって、頭がからっぽの娘。そんな存在がユースフェルトの婚約者に必要だと思っていた。

 しかしながら、ユースフェルトとつり合いの取れる年齢で、後ろ盾となる高位貴族の女性はアマリア侯爵令嬢しかいなかったのだ。

 アマリアと何度か顔を合わせたことのあったユフェライラはすぐにアマリアが自分の思い通りになるような頭の軽い女性ではないことに気づいた。少し鈍いところはあるが、物事の良し悪しについてははっきりと線引きをするような女性であるとユフェライラはアマリアのことを評価した。

 このままアマリアがユースフェルトの婚約者となり、アマリアが王妃になるとまずいと考えたユフェライラは、多少強引な手を使って自分の傀儡とするために殺したナンクルナーイ男爵令嬢に偽物の魂を宿して仮初の命を与えた。それこそがアンナライラである。

 アンナライラを使って、ユースフェルトをアンナライラの傀儡とさせる。

 ユースフェルトがアマリアと婚姻することで王位を継いだ際に、ユースフェルトをアンナライラを使ってアマリアから引きはがし、不要になったアマリアを殺害する計画であった。

 だが、アンナライラはユフェライラが命令する前に、ユースフェルトに近づき、アマリアをユースフェルトの婚約者の座から退かせたのだ。

 タイミングとしては最悪のタイミングであった。

 ユフェライラが国を乗っ取る計画はユースフェルトを産む前から少しずつ初めていたのに、予期せぬアンナライラの動きで最悪な方向に物事は進んで行っている。

 このままだとユースフェルトが王位を継げなくなる可能性は高い。

 

「……やはり、シルキーを亡き者にするしかないわね。」


 ユフェライラは一度シルキーの暗殺に失敗している。そのため、シルキーのガードは硬い。

 今までずっとシルキーがどこにいるのか隠されていたのがその証拠だ。

 猫になって人間に戻れずにいると聞いた時は、放っておいて良い存在だと思っていた。だが、そのシルキーが人間の姿に戻っていた。

 ユースフェルトの精神が崩壊している今の状況ではシルキーに太刀打ちができない。

 それに、アンナライラとユースフェルトのゴシップのお陰で、国民の目がユースフェルトは王位に相応しくないのではないかと訴えている。そこに、シルキーが堂々と姿を現せば、国民は一気にシルキーの味方となるだろう。

 元々シルキーはこの国の第一王子なのだ。

 国王陛下もシルキーの産みの親である王妃もシルキーが国王となることに反対はしないだろう。それどころか諸手を振って喜ぶとしか思えない。

 それを阻止するには、何が何でもシルキーの命を奪う他ないのだ。

 シルキーの命さえ奪うことができるのならば、アマリアも不要な存在になる。アマリアには、ユフェライラとアンナライラ、ユースフェルトの関係が知られている可能性があり、生かしておくには大変危険な存在だとユフェライラは思っていた。

 シルキーとアマリア。

 ユフェライラの次なる目的は二人を亡き者にすることだった。





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「……困ったわね。」


 シルキー殿下の訴えも虚しく私は地下牢に放り込まれた。奇しくもアンナライラ嬢が放り込まれていた牢の隣だ。

 アンナライラ嬢の牢は今も現場検証のため立ち入りを規制されている。牢の鍵も私の牢の鍵とは別に保管されているそうだ。

 シルキー殿下はなんとかして私を助け出すとは言っていたが、どこまで宛にしていいものか。

 昨日初めてあっただけの私なんかにシルキー殿下が力を貸すとは思えなかった。

 

「本当に困ったわ。ブチ様が無事なのか確かめられないじゃない。シルキー殿下は力を貸してくださるそうだけど、嫌いな猫のために動いてくれるとは思えないわ。」


 本当に困った。

 昨日ブチ様に会ったはずなのだ。ブチ様の姿を見た瞬間に机から落ちた衝撃でブチ様の姿を見失ってしまったが。

 あれはブチ様だったんじゃないかと今でも思う。

 早く牢を出てブチ様を探さなければ。

 保護猫施設に……ユリアさんに連絡してブチ様の無事を確かめなければ落ち着かない。ブチ様……保護猫施設に居ればいいんだけれども。

 もし、いなければ王宮の中を探さなくては。そのためには、牢から出る必要がある。

 

 ああ、昨日シルキー殿下に保護猫施設のことを告げて居ればよかった。そうすれば伝言くらいは聞いてもらえたのかもしれないのに。

 

 そう思うと後悔してしまう。

 

 ブチ様。どうか無事でいて。

 

 でも、後悔してばかりはいられない。

 どうやって牢から出るべきか、私は策を練り始めたのだった。







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 時は前日に遡る。

 


「……マリアちゃんが帰ってこないわ。」


 ユリアはアマリアが帰ってこないことに不安を募らせていた。

 律儀なアマリアのことだ。

 アンナライラに会ってきたと報告があってもおかしくはないはずなのだ。それなのに、アマリアは保護猫施設に戻ってはこない。

 もう、夜になってしまった。

 侯爵家の方に直接帰ったのかもしれないとは思うものの連絡の一つもないので不安になる。

 もしかして、王城で何かあったのだろうか。

 

「……ナーガ様に相談すべきかしら。」


 ナーガであれば、王城で顔が利く。ナーガであれば、アマリアのこともすぐにわかるだろう。

 ただ、ナーガの地位を考えるとそう気安くお願いすることはできない。

 ナーガもアマリアのことは気に入っているが、アマリアが帰ってこないことはナーガを煩わせるほどのことなのかが判断できずにいた。

 現段階では王城で何かがあったと考えるにはまだ不確定だったからだ。

 

「にゃぁう。」


 心配そうにうろうろしているユリアの後ろ姿をブチは見ていた。

 そして、ユリアが呟いていた言葉もブチの耳にはしっかりと聞こえていた。

 そして、ブチは思った。

 自分ならばアマリアの状況を誰にも怪しまれずに確認することができると。

 そしてブチはこっそりと保護猫施設を抜け出し、王城に、アマリアの元に向かったのだった。





 翌日。

 

「う、うそっ!ブチもいなくなってるわっ!!」


 ユリアの悲鳴が保護猫施設内に響いた。

 アマリアだけでなく、ナーガの大切なブチも保護猫施設にいない。保護猫施設内のどこを探してもブチは見当たらなかった。

 時々、施設をこっそり抜け出すことがあるブチだったが、この日ばかりは様子が違った。

 ブチはいなくなっても、朝には必ず帰ってくるのだ。

 ナーガとユリアが心配することを知っているのだろう。

 それなのに、朝になってもブチが帰ってこない。

 これはもうブチとアマリアに何かがあったに違いないと思うしかなかった。

 ユリアはすぐに王城にいるナーガに連絡をつけるのだった。

 昨夜すぐにでもナーガに知らせるべきだったと後悔をしながら。


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