第34話
「ユースフェルト殿下……?」
様子のおかしいユースフェルト殿下の顔を覗き込むが、ユースフェルト殿下は私を見ることなどなかった。ただただ幻想の中のアンナライラ嬢を見ているようだ。
「魅了の魔力を受け続けていた結果だ。魅了の魔法を使った術者が死んだんだろう。魅了の魔法は魔法をかけた術者が死ねば解除されるわけではない。強い魅了の魔法をかけつづけられたものは、徐々に精神を破壊されやがて廃人同様になる。」
シルキー殿下は淡々と事実を告げる。
魅了の魔法にそのような弊害があったなんて知らなかった。
そもそも魅了の魔法を使えること自体が稀だ。
「……ユースフェルト殿下は魅了の魔法をかけられていたというの?」
「ああ。」
「まさかっ。アンナライラ嬢が……?」
思い浮かぶのはアンナライラ嬢の顔。
ユースフェルト殿下の様子がおかしくなっていったのは……アンナライラ嬢がユースフェルト殿下に近づいてからだ。それまでは、ユースフェルト殿下と私はそれなりに仲良くやっていたと思う。
ユースフェルト殿下のことを愛していたわけではないが。
「状況からすると、そうなるだろう。」
シルキー殿下は頷いた。
「では、やはり地下牢で亡くなったのは、アンナライラ嬢だったの……?」
顔を見ることはできなかったが、背格好はアンナライラ嬢とまったく同じだった。それに、アンナライラ嬢が溶ける前にユフェライラ様と会話していた声もアンナライラ嬢の声だった。
「十中八九そうだろうな。」
「……そう。」
アンナライラ嬢にも、ユースフェルト殿下にも辛い思いをさせられたのは事実だ。
特に、猫のシルキー様を強引に家にお迎えしようとしていたのは腹が立った。自分本位な考えで猫様の命をないがしろにするような言動をしていたのがとても気に触った。
でも、死んで欲しいかと言われたら、そうは思わない。心を入れ替えて生きて欲しかった。
「辛そうだね?」
「それはそうでしょう。だって、二人とも知り合いでしたし。」
「二人には酷い目にあわされてきたのに?」
「……だからってこんなことは望んでいなかったわ。」
「そう。優しいんだね?」
「普通だと思いますわ。」
「そっか。普通か。」
「何が言いたいのかしら?」
「いいや。別に。」
シルキー殿下はいったい何を言いたいのだろうか。
私は眉をしかめる。
相手はこの国の第一王子だ。下手なことは言えない。
結局部屋から出る良い手立ては見つからず、精神が崩壊したユースフェルト殿下と、どこからやってきたのかわからないシルキー殿下と同じ一室で夜を明かすしかなかった。
「ユースフェルト。ちゃあんと反省したからしら?」
翌朝、一番早く部屋にやってきたのはユースフェルトの母親であるユフェライラ様だった。衛兵を数人連れて、意気揚々と部屋に入ってきた。
私はユフェライラ様がいらしたことに気づくとその場で深く一礼する。
「……っ!?おまえはっ!!」
ユフェライラ様はドアを開けて室内を見回した。そして、ある一点に視線を定めると驚愕の声を上げる。
「ユフェライラ様。お久しぶりですね。」
シルキー殿下がユフェライラ様に挨拶をすると、ユフェライラ様は唇を噛んだ。
「……あなた、シルキーね。見ない間に随分大きくなったようね。」
「ええ。誰かさんに暗殺されかけましたからね。身を隠していたんです。その間にユースフェルトが精神を壊すとは思ってもみませんでしたが。」
シルキー殿下はそう言ってユフェライラ様のことを睨みつける。
シルキー殿下の態度と言葉から、シルキー殿下を暗殺しようとしたのは目の前にいるユフェライラ様ではないかと思ってしまった。少なくともシルキー殿下はそう思っているのだろう。
確かに、シルキー殿下がお亡くなりになれば必然的に王位継承権は第二王子であるユースフェルト殿下のものとなる。ユフェライラ様には動機があるのだ。
「まあ。ユースフェルトが馬鹿な女に騙されたことを言うのかしら?あの女は国家反逆罪で牢に繋がれていたわ。もうあの女はいないのだから、ユースフェルトには何も問題があるはずはないわ。長く国民に顔を出さなかった貴方よりもユースフェルトの方が国民からの信頼は厚いのだから。」
「そうですね。ユースフェルトの精神状態が普通であったのなら、そうかもしれませんね。」
バチバチッとシルキー殿下とユフェライラ様の視線が火花を散らす。
「ああっ!母上っ!母上っ!!アンナライラをアンナライラを返してくださいませ。アンナライラを私の元に返してくださいませ。母上。」
「ユースフェルトッ!?」
シルキー殿下とユフェライラ様が言葉と視線で静かな攻防をしていると、ユフェライラ様が来たことに気づいたユースフェルト殿下がユフェライラ様にすがりついた。
「わたしにはアンナライラがいないとダメなのです。アンナライラ。アンナライラ。アンナライラ。アンナライラ。アンナライラをわたしに。あんならいらをわたしに。わたしに。あんならいらを。」
ユフェライラ様は自分にすがりついてくるユースフェルト殿下を見て、唇の端を引きつらせた。まさか、ユースフェルト殿下がこのような状態に陥るとは思わなかったのだろう。
「下手をしましたね。ユースフェルトには魅了の魔法がかけられていたのですよ。聡明なあなたが知らなかったとは思いませんが?」
「くっ……。」
ユフェライラ様は悔しそうにシルキー殿下を睨みつけた。ユフェライラ様の手は気遣うようにユースフェルト殿下の肩にまわされている。
「……そこの元ユースフェルトの婚約者が、アンナライラ嬢を殺したのです。それを目撃してしまったユースフェルトは一時的に頭が混乱しているだけよ。休めばすぐによくなるわ。アンナライラ嬢を殺したそこの女と一緒の部屋にいたことがいけなかったのよ。」
ユフェライラ様はそう言って私を指し示した。
どうやらユフェライラ様は私をアンナライラ殺害の犯人として仕立て上げる気らしい。だが、それはユースフェルト殿下が否定するはずだ。
だって、ユースフェルト殿下はアンナライラ嬢が溶けていく姿を私とともに見ていたのだから。
「……おまえが、アンナライラを殺したのか?アンナライラが君になにをしたというのだ。あんなに健気で一途なアンナライラを貴様ごときが殺したというのか?なぜだ?なぜだ?説明しろ。ボクにわかるように説明しろ。私はアンナライラを殺したおまえを許さないからな。アンナライラを返せ。返せ。アンナライラを返せ。返せ。アンナライラを……。」
ユースフェルト殿下に期待した私が未熟だった。
ユースフェルト殿下は既に精神が崩壊していたからだ。まともな発言はもうできないだろう。他人から言われたことを鵜呑みにするか、アンナライラのことを求め続けるだけだろう。
「ふっ……ふふっ。ほら、ユースフェルトも認めているじゃない。衛兵たち、この女を牢に繋いで起きなさい。」
「……はっ。」
ユフェライラ様の命令で衛兵が私の身体を拘束する。
「私じゃないわ。」
「アンナライラを殺したのは、アマリア嬢ではない。その手を放すんだっ!」
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