五
祖父と別れたあと、部屋に戻って水や軽食などの必要そうな荷物を、あらかじめ持ってきていたナップザックに詰めこみ、あらためて玄関に出た。意外なことに莉花と揚羽がまだ話し込んでいた。よっぽどウマが合ったんだろうか? そう思いながら、散策に出て行く旨をつたえると、幼なじみは、ちょっと休みたいかも、と告げたため、時間を見て祖父に挨拶をしにいって欲しいことを伝えたうえで、案内を揚羽に頼んだ。形式的には、白が付き添った方がいいのかもしれなかったが、そうなると最初の顔合わせは夕食の場でということにもなりかねないため、先にやってもらおう、と判断したためだった。
とにもかくにも一人、先程の森へと向かおうとした白だったが、
「なんで、ついて来てんの?」
なぜだか、無表情で隣に並んでくる鹿子に戸惑う。動きやすいようにか黒いシャツと長いジーンズに着替えていた姉貴分は、眼鏡をずらしながら、
「別に。たまたまあたしも散歩したくなっただけ」
素っ気なく応じるばかりだった。
「そっか」
こうなると突っこんでもまともな答えが返ってこないのは経験上はっきりしていた。ならば、とりあえず気の済むようにさせるにかぎる。
長期休みの度に帰省しているのもあって、白の足どりに迷いはない。そこにぴったりくっつくようにして付いてくる姉貴の額には汗がしたたりはじめていた。
「来たばっかで散歩に出るなんて、若者は元気だね」
「それを言うなら、鹿子姉さんも充分若者だろ」
高校卒業と同時に就職して数年経った状態であるはずなので、年としては白と大きく開きがあるわけではない。しかし、鹿子はうんざりしたように目を細める。
「大人は色々と疲れることがあるんだよ」
「そっすか」
抵抗してもあまり意味はないため、唯諾々と姉貴分の言葉を受けいれる。
それからしばらく歩くと、犇きあう木の群れがあらわれる。車から見えたところからするに、道路に沿って歩けばいいか、と判断し、躊躇いなく足を踏みだす。
「ねぇ、白坊」
「なに、姉ちゃん」
木々の間、じーじーと鳴く蝉の声を耳にしながら聞き返せば、
「あんた、まだ、あれを探してるの?」
そんなことをおもむろに尋ねてくる鹿子。あれってなんだよ、と聞こうかと考えたが、わかりきっている話題をはぐらかす必要もないと、
「ああ」
問いを肯定する。
「それってそんなに躍起になって追っかけるようなもの?」
どことなく面倒くさそうな鹿子の声。みんな同じ話ばかりだな、と思ってすぐ、どちらかといえば白が同じものを捜し求めているから話題が集まっているのだと気付く。つまりはこの話題自体を引き寄せているのは白自身なのだと。
「さあ? ただ、気になったままっていうのも気持ち悪いからな。だから、やれるだけのことはやってみようと思ってるんだけど」
「気持ち悪いってだけで、何年も探したりする?」
従姉の訝しげな声に、個人差があるんじゃないか、と応じる。実際のところ、白にも執着し過ぎだという自覚はあった。とはいえ、自覚はあれど、内側にある感情を制御しようという気は起こらない。
「現に探してるからな」
「他に理由があるんじゃないの」
声の調子こそ興味無さげではあったものの、白は、今日はやけに詰めてくるな、と思う。最近の鹿子はこの話題を振ること自体も避けていた節があっただけに、急な変化に白はわずかに戸惑った。
「理由って言われても……今、言ったことで全部なんだけど」
「ほんとに?」
その問いとともに足を止める鹿子。無視して行ってしまっても良かったが、さすがに何も答えないのもどうかと感じて静止する。
ここまで聞いてくるということは、従姉なりに白を気にかけてくれている証左だろう。その動機が、心配なのか興味本位なのかは判断がつかなかったが、おそらく前者だと感情的には信じたいところだった。
とはいえ、答えられることはほとんどない。
「本当……だと思う」
結局、煮え切らない答えともいえないようなことを口にするに留まった。言いよどんでいる時点で、他に理由がある、と自白しているようなものだったが、あいにく、白には自らの心の内にあるものを言語化する力がなかったし、仮にできたとしてもその本音を現時点で鹿子に言うつもりもなかった。理由はと聞かれれば……
「そっ」
鹿子はやや荒っぽく短い声で応じたあと、先んじて歩きだす。白も慌てて後を追いかけようとするが、歩幅の広さや足を踏みだす速度の問題か、距離は広がっていくばかりだった。
「姉さん」
「今更、案内なんていらないでしょ。だったら、勝手にどこへでも行けばいい」
言い捨てると、あっという間に曲がり角に姿を消した。白はその姿を呆然と見守ったあと、大きく溜め息を吐く。
ここ何年か、ずっとこんな調子だと言われればこんな調子であるのだが、毎度のように突き放されれば、わかってはいてもへこまなくもない。とはいえ、相手が心に入ってくるのを拒否したのは白の方であるのだから、自業自得なのかもしれなかったが。とにかく自らの目的を果たすべく、白は今度こそ、一人で散策をはじめた
……のはいいものの、そう簡単に目的としてるものがみつかるわけでもない。さしあたっては、車の窓から、少女の影とおぼしきものを見た辺りに行ってみたものの、ただ車道沿いに立つ木々の並びがあるだけだった。それ自体は時間が経過したあとなのだから、別段おかしなことではなく、めげずに痕跡を探そうと木と木の間に顔を突っこんだり、苔に覆われた地面の上を探ってみるものの、何の手がかりもみつからない。
そりゃ、そう簡単にみつかりゃ苦労しないよな。自らに言い聞かせつつも、あてが外れたのは少しばかり堪える。まだ、この土地にやってきたばかりなのだから、焦る必要はないと理解しようとするものの、これまで、何年も探し回った経験上、今回の滞在期間の一週間など瞬きの間に消え失せるだろうという所感が、心を急かさせる。
へこんでいる時間はない。そう判断し、立ち上がり歩きだす。今度こそ、どこに行けばいいのかわからなくなったが、目の端に映った少女らしきものを目標にする、という印象がわかりやすい分、一歩前進したといえるだろう。
普通に考えれば、目の錯覚か、そうでなくても別の人間である可能性の方が高いはずだったが、白にはなぜだか、本物を掘り当てている確信があった。理由ははっきりとしないが、例年の捜索にはない胸の高鳴りがすべてを証明しているような気がしてならない。
それこそまさに錯覚ではないのか、という頭の中にある警鐘について、白は聞こえないふりを決めこんだ。
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