杏仁豆腐

 昔のドラマに出てきそうな鐘の音が鳴ると、お店のオーナーらしき髭もじゃのおじさんが顔を出した。


「お、先生いらっしゃい。今日はお客さんも連れてきたのかい?」


「店長。僕もお客さんの一人だと思いますが」


「お客さんってのは勝手を知らない人のことを言うんだ。どうせ、先生はいつものコーヒーだろう? そっちの子はどうする?」


 ぶしつけに見下ろされる視線にドキッとしたけど、目尻にシワのよったおじさんの細目はなぜだか暖かく感じた。


「あの……コーヒーはちょっと……」


 おじさんは豪快に大きな口を開けて笑った。


「なら、隠れた看板メニュー、自家製杏仁豆腐はどうだ?」


「それなら、大丈夫だと思います」


「よし。すぐ用意するから、席へどうぞ」


 先生は席が決まっているみたいに奥の席へ移動し、椅子をよけて私を一番奥に座らせてくれた。先生と向かい合う。二人きりで。


 これって──心臓の音がうるさく鳴って落ち着かなかった。


 なんでここに来たのか、連れてきたのか、先生とこんなことしていいのか──いろんな疑問が沸いて。


 そしてまた学校での出来事を思い出して、何の言葉も出なかった。


「はい、お待ちどうさま。まずは、お客さんからだな」


 目の前に出された杏仁豆腐は、とてもシンプルだった。


「食べてみな」


 え? 食べるの見るスタイル?


 と思いながらもスプーンで杏仁豆腐を崩す。あっ……柔らかい。プルプルと揺れる杏仁豆腐を口に運ぶと、ふわっと温かみのある甘さがじーんと口いっぱいに広がった。


「おいしいだろ」


 店長の言葉にコクコクとうなずく。その先の先生の顔が微笑んでいた。


「あっ! すみません! さきに食べて」


「いや、いいよ。嬉しそうに食べてるから、ちょっと安心した」


 安心した、なんてまっすぐ言わないでください……。


「はいよ。先生。教え子を口説くなよ」


「わかってますよ、店長。そういうのじゃないんです」


「そうか。先生が誰かを連れてくるなんて初めてのことだからな。ま、ごゆっくり」


**********


 また車が止まった。


「さあ、着いたぞ」


「え? あ、はい」


 いつの間にか学校の駐車場に着いていた。たくさんのブレザーの制服姿が校舎に吸い込まれていく、いつもの光景。


 そして、先生はいつものように車椅子を押して、教室まで連れていってくれた。

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