第9話 神様の本心

 楽しかった1年はあっという間に過ぎた。

 

 5年生の二学期に転校してきた私は、教師に暴力を振るわれ、友達もいなく長く苦しい4か月を過ごした。


 それを取り返せるくらいには、六年生は遊んだ。

 友達がいなかった4か月が、あれほど長く感じたというのに、友達のいる一年は遊び足りない事ばかりだった。

 親に『勉強しなさい』『勉強が足りない』と言われながらも、バスケと遊びばかりだった。

 

 神野先生は、保護者会で勉強が足りないのではないかと責められることもあったそうだが、それでも自主性と遊びを尊重した。


 私も、神野先生は遊んでばかりだと思っていた。

 でも、その本心を卒業文集で知ることになる。


 卒業文集に寄せられた先生のメッセージは、とても抽象的な童話のようなものだった。

 柄にもない少し真面目な雰囲気さえある。


 

 それはこんな内容だ。




 * * *


 長い冬を耐え忍び、ふるえる種の声が聞こえていたのに、何もできなかった神様をどうか許してください。

 やっと春が来たにもかかわらず、芽吹くことを忘れた種に無力な神様ができることは、自由という天国をあたえることだけでした。

 厳しい冬を乗り越えた、種たちは素晴らしい花を咲かすことでしょう。

 神様はそれを信じています。


 * * *


 

(ああ、これは私たちのことだ。神野先生はすべてを知っていたんだ……)


 それは同時に5年生の時に、担任の暴力教師になぐられて一番苦しい時に助けてくれなかった大人たちの一人でもあるということだ。

 正直、裏切られたという気持ちも湧いた。


 しかし、何度も読み直すうちにその罪滅ぼしが、この一年間の自由な時間だったと理解した。

 

(『ここを天国にする!』という馬鹿げたセリフは、先生の決意の表れだったのか……)

 

 複雑な気持ちになったが、この一年楽しかったことは事実だ。


 だから、もう卒業と共に嫌な気持ちや、もやもやした気持ちは忘れようと思った。


 記憶に残すのは、この一年の楽しかったことだけでいい。


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