プロローグ

寝ぼけ眼をこすりながら玄関を開けた、その途端に伊佐ナツメの眠気は木っ端みじんに吹っ飛んだ。

粉々、粉砕、塵と消える。余韻すらも残っていないけれど、そんなことどうでもよくなるほどの異常事態である。


「は?」

「あはは、こんな時間まで寝てたの。お兄ちゃんは寝坊助なんだね」


寝ているところをチャイムに起こされたせいで正確な時間がわからない。

ただ眩しいくらいに明るい陽射しの中、指を突き付けてけらけらと笑うのは艶のあるミルクティベージュ色の髪を胸辺りでゆるくカールさせた美少女。人懐っこい愛嬌のある大きい丸い瞳が印象的である。

同じクラスの三知リンだ。


「お兄ちゃん??」

「あれ、キイさんから聞いてないの?」


キイさんというのはきっとナツメの母親のことだ。

キイナという名前で、知人はキイさんと呼んでいる。

だが、そんな情報はどうでもいい。


「リン、やっぱり突然来るのはダメだったんじゃあ……」


明るく笑うリンのやや後ろに佇んで、彼女の袖をそっと引っ張っているのは、こちらも同級生の東和ユウナである。肩のあたりまでのストレートボブの黒髪で彼女の動きに合わせてさらりと揺れている。赤い縁のメガネがトレードマークで、きりっとした美人である。

とにかく、学校で話題の2人であることは間違いない。


ナツメは同じ高校だが、普段は接点のない彼女たちが休日にナツメの家にやってきた。

今、ココである。

さっぱり意味がわからない。


いや、一つだけ心当たりがないこともないのだが。

だが、相手は一人のはずだ。


「お兄ちゃんに早く会いたいって言ってたのは、ユウナでしょ」

「そ、それは、そういう意味じゃなくて……お兄ちゃんが心配で……」


リンがにやにやと笑いながら、ユウナをからかう。

二人は小学生の頃からの幼馴染みだと、誰かが噂をしていたのは知っている。


学年テストでは常にトップを独走している美人のユウナと、学校一おしゃれで可愛いと噂されているリン。一見相性が悪そうだが、実際に一緒にいるところをよく校内でも見かけていた。

休日に一緒にいるところを見ると、本当に仲がいいのだなとわかる。


いや、そんなことを確認したいわけでもない。


「あ、あのさ。お兄ちゃんって……」


ナツメは意を決して口を開いた。

リンがきょとんと色素の薄い茶色の瞳を瞬いて、首を傾げる。


「だってお兄ちゃん4月生まれでしょ? 私は7月生まれで、ユウナは12月生まれだから。ほら、お兄ちゃんじゃない」

「いや、母さんからはあの腹違いの妹は1人だけって聞いて……たんだけど……?」


なんで、2人いるんだ!?


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