キッテのアトリエとご先祖様の不思議な本 ~小さな竜に転生したので病弱な少女が立派な錬金術師になるのを見守ります~

セレンUK

第1話 今より少しだけ未来の話

001 第1話 今より少しだけ未来の話 その1

 朝。それは恵みである太陽の光が優しく降り注ぐ時間帯。朝を告げる日の光によって、ある者は目を覚まし、またある者はしばしの猶予を二度寝という形で楽しむ。

 そしてここでも、カーテンの隙間から入る柔らかな光がベッドでまどろんでいる者の顔をやさしくなでるのだ。


 「ん……んーーーーっ」


 光の洗礼を受けた女の子が、むずがゆい表情を浮かべる。そのまま目を覚ますのかと思われたが、寝返りを打ち体の位置を変えて差し込んで来る光をやり過ごすと、再びまどろみ始めた。


 ――ホッホウ、ホッホウ


 フクロウの置時計が目覚めの時間を告げるが、女の子は我関せずとばかりに、もぞもぞと布団の中へと潜り込む。


 ――ホッホウ、ホッホウ、ホッホウ、ホッホウ


 しばらくの間、部屋に空しく響き続けたフクロウの声。

 本来の目的を果たせずに、フクロウは時計と言う巣の中へと戻って沈黙してしまった。


 目覚まし時計をかけるくらいだ。二度寝を楽しむ余裕がある種の女の子ではないはずであって、すぐにでも起きなければならないに違いない。

 しかしながら当の女の子は、うるさい声が聞こえなくなったことで我は勝利した、と言わんばかり……布団から顔を出した女の子の表情は幸せそうなものだ。


 だがそうは問屋が卸さない。


 ――どむっ


 妙な音と共にベッドが大きく跳ね、その振動で女の子はベッドから転げ落ちて、床にべちゃりと突っ伏してしまった。


 「いたたた……」


 夢か現実か。そのはざま揺蕩たゆたっていた女の子は痛みでこれが現実であることを知る。

 幸せな時間を中断させられたため、不満そうに機械仕掛けのベッドを見やった女の子。その視界に入ったのは沈黙を貫くフクロウの置時計。


 「あーーーっ! もうこんな時間! 急がなきゃ!」


 巣穴からチラリと見える役目を無視されたフクロウの姿を見るや否や、朝からご近所様に迷惑になるくらいの大きな声を張り上げたのだ。


 「あー、やっちゃったなーもう、急げ急げ、昨日遅くまで勉強してたから仕方がないんだけど、もう、私のバカバカ」


 口を動かしながら手際よく寝間着を脱ぎ、棚から服を取り出すとベッドに腰かけて、まずは体にフィットする白の長袖肌着に腕を通す。お次は薄い素材の白タイツ。サッと足を通して履ききって――


「ごはんごはん。昨日のうちに準備しておいてよかった。朝ごはんは大事だからね」


 着替えもそこそこに、とてとてとてと部屋から出て階段を下りて階下へ向かって……赤い石がはめ込まれた箱の上に金属の鍋を乗せ、その中に昨日煮込んでおいたトロトロのスープを投入し――


「スイッチオン」


 これ見よがしに押してくださいと言わんばかりに主張する赤い石を、掛け声とともにプッシュした。


「パンパンパンぱーん!」


 ご機嫌な感じで、袋から取り出したる丸いパンを鍋と同じく箱の上に乗せる。

 今度はそれらを放置してトントントントンと別室へ移動する。


 行先は洗面所。金属でできたレバーを1回2回3回と上下させると、蛇口から水が放出され、女の子はその水を手で受けるとバチャバチャと顔を洗い始める。

 横に用意しておいたふかふかのタオルで顔を拭くと、今度は階段を上がり寝室へと戻って来る。着替えの続きをするためだ。


「準備してたとはいえ、ちょーっと急がないといけないかな」


 年頃の娘の着替え途中の姿はトップシークレット。誰にも見せられない秘密中の秘密だ。

 だけど、家の中に他の人がいないのは幸いだ。

 本人もそれを承知で時間短縮のために途中で朝食の準備を入れたのだ。


 棚からオレンジ色のチューブトップの服を取り出して首を通し、同じくオレンジ色の短いスカートを取り出して脚を通す。

 服を着終わる頃には階下で朝食の準備が出来ている。


 温まったスープを器に入れて、さあ落ち着いて朝ごはんだ、という事にはならない。

 なぜなら時間が無いからだ。

 同じく箱の上で温めたパンを一口大にちぎってスープに浸して、味をよーく染み込ませたものを口の中に放りこんでいく女の子。

 正直なところお行儀が悪く、淑女の所作とは遠くかけ離れた行動を披露し続けてくれる。


 でもまあ、ご飯を食べてしまえばあとは出発するだけ。大きなカバンには昨日のうちに必要なものを詰めてある。


 もぐもぐごっくんと、スープとパンを平らげて、食器を片して手を洗って。

 トレードマークの帽子をかぶる。


「行くよ、ぐえちゃん」


 少女はこちらを見ると、そう言ってニコリと笑顔を浮かべた。


「ぐえー」


 俺は少女の笑顔に答えるように声を出した。


「ほーら、ぐえちゃん、ぼんやりしない。それ、きゃーっち!」


 フワフワと宙に浮いていた俺は少女の手によって掴まれ、勢いよく胸に抱かれると、家の外へと連れ出された。


 俺だってぼーっとしてたわけじゃないんだが……まあいいか。

 俺の名は「ぐえ」。この少女、キッテのそばにいるマスコット的存在の生き物だ。

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