求める戦い、求めぬ戦い 五
「したくねえ死に方させられるのが戦ってものさ。華々しく散っただの、反吐が出らあ」
と、吐き捨てるように言った。
一同は黙って聞くしかなかった。
ふと、貴志の右手が動き。その手に持つ筆の天下の筆先が短槍の穂先に触れれば。一旦白く戻った筆先が、まるで穂先から溢れる血を吸うように、また赤く染まってゆく。
すっかり赤く染まれば、貴志は右手を掲げ。さきほどと同じように、『怨』の字を描き出した。筆先は白に戻った。
その『怨』の字は、ぽたぽたと、血の雫(しずく)を垂らしていた。いや、それは涙でもあった。
にわかに風が吹く。
『怨』の字は風に揺られ。それから。塵芥のように、風に流されながら、散るように消えていった。
一同、その様を黙って見守る。
香澄の手にある人海の物語の本も、頁がぺらぺらと風にめくられてゆく。
どの頁も、『怨』の字だらけ。表紙の題名も、赤く大きく『怨』の字。
「『怨』の字が」
香澄は漏れるような声でささやいた。
頁の『怨』の字が、なんと浮き上がって実体化し、ふわふわと宙を舞うではないか。
見よ、風に流れて、無数の赤き『怨』の字が舞う様を。
「まるで怨の字の蝶だ……」
貴志がぽつりとつぶやく。
貴志の言う通り、怨の字は蝶のように宙を舞っている。その数は、数えきれないほど。
一同、絶句し、無言でその様を見守るしかなかった。
その時、鷲か鷹か、猛禽類のような、鋭い鳴き声が聞こえた。
一同、視線を交わらせる。何かの気の迷いや間違いではない。確かに聞こえた。
視線を空に向け、周囲を見渡せば。空の彼方に、何か影が見える。
オロンがまた姿を見せたのかと思ったが、違った。
「鳥……」
影は、鳥だった。それも、大きな鳥のようだった。それがこちらに向かって飛んでくる。
陽光に反射し、それが金色(こんじき)に光るのが見えた。さらに、豪奢な尾羽。
「鳳凰……」
香澄がぽそりとささやいた。
「あのクソ鳥かッ!」
源龍は咄嗟に得物の打龍鞭を構えた。という時、宙を舞う無数の『怨』の字が、まるで一体となってぐるぐると船の周りを回り始める。まるで『怨』の字の竜巻が船を囲むように。
「何が起こるんだ」
貴志は竜巻のようになって船の周りをぐるぐる回る『怨』の字を見上げ、筆の天下を懐にしまい、短槍を構える。そのそばにはマリーにリオン、コヒョ。その三人を挟むように、いつの間にか七星剣を鞘から抜いて構える香澄。
源龍と羅彩女は背中を合わせて警戒し合う。
「凄まじい怨み……」
香澄はぽそりとささやく。
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