第三章 求める戦い、求めぬ戦い 一

 ふと、貴志(フィチ)は懐の、筆の天下を取り出した。

「これで何か書けないかな?」

 と、筆先を動かすが。何の反応もない。

「なんもねえか」

 源龍(げんりゅう)は打龍鞭(だりゅうべん)を横に置いて、ごろんと横になり。仰向けの、大の字になって、空を見据える。

(みっともないねえ)

 羅彩女(らさいにょ)は苦笑しつつ、船縁に背中をもたれかけさせ。同じく空を見上げる。

 残りの面々も、思い思いの時間を過ごす。

 香澄(こうちょう)は瞳を閉じて瞑想する。甲板に腰掛けピクリとも動かず瞑想する様は、さながら人形のようだった。

 リオンとコヒョは懐から通心紙を取り出し、紙面になにかが映り、それを観ている。

 マリーは貴志の方を向いて、愛嬌のある笑顔を向ける。

「おかしなことになってしまいましたね」

 熾烈な試練との戦いが繰り広げられると思いきや、放置の干し殺しだろうか。鬼と化したオロンが二度姿を見せる以外は異変はない。

 貴志も、筆の天下を手に、そばに置く短槍をもう片方の手の指先で触れつつ、

「そうですね」

 と、苦笑しながら頷く。

 世界樹から何の働き掛けもない。

 広い海を眺めても、他の船はない。陸を見ても、ひとっこひとりいない。

「あ、見えた!」

 などと、突然リオンとコヒョが通心紙を眺めながら素っ頓狂な声を出したものだから。一同の目は咄嗟にふたりの子どもに向けられた。

「見えたって、何が?」

「その、短槍の持ち主さんの残存思念だよ」

「なんだって!?」

 無念の死を遂げたあの衛兵の思念がまだこの現世(うつしよ)に残っていて。それを通心紙で観られるとは。なんとも奇怪(きっかい)なことだが。

「まあなんでもありだからねえ」

 と羅彩女苦笑して事態を受け止める。

 ともあれ、一同通心紙をじっと見据える。

 王宮の中の一角に立つ場面が映し出される。衛兵として警護の任に就いている。

 と思えば、ふっと、何もないはずのところから突如鬼たちが現れた。筋骨隆々としたごつい、赤い肌に赤い髪、紅い眼に、頭から角を生やした、異形の者。

 得物はなく無手だが、素早い動きで手近にいた人々をつかまえては、ふっと消えてゆく。

「なんだこりゃ」

 源龍は思わずつぶやく。衛兵は短槍を振るって必死の抵抗を試みる。彼は幸いに鬼に捕まらずに抗えてはいたが。他の人々は、衛兵から官人、役人、女官などなど、あっという間につかまっては消えてゆく。まさに一瞬の出来事だった。

「ぐわ!」

 衛兵は鬼に殴られて、よろけたところへ、棘のある金砕棒を持つ他の鬼に打たれて。そこで通心紙はなにも写さなくなった。衛兵の意識が飛んで、気絶したと思われる。

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