夢は覚めず 十

 突然外から源龍と警護兵の言い争いが聞こえてくる。

「仕方がないなあ」

 と貴志は扉を開けて、外で話すよと、双方に言う。源龍は打龍鞭は部屋に置いて、別の服に着替えてきていた。

「心配ねえって。オレがやっちまおうと思っても、こいつ強いんだからよ。お前も知ってるだろ」

「そういう問題ではありません!」

 率直な話、警護兵が源龍とやりあっても勝てないだろうし。それでも、己の役目を実直に果たそうとするその姿に、一同は感心したものだった。

 源龍もなんだかんだ言いながら、警護兵に悪い印象は持ってないようで、その目つきはむしろ言い争いを楽しんでいる感じだった。

(三度の飯より喧嘩が好きな奴だからねえ)

 まあまあと、貴志は『人海の国の物語』を手に、部屋を出て、皆と一緒に庭に出る。庭には休憩のための、椅子を置いてる場所もあり。そこでとりあえず、皆腰掛けて落ち着き。

 そこで、事の次第を話す。

「ようし、その鬼をとっちめてやろうじゃないか」

 源龍は右拳と左の掌を打ち合わせて意気込みを示す。

「で、その本で向こうに行くのか。どうやって行くんだ」

 貴志の手にある『人海の国の物語』に視線が集まる。世界樹のもとにいるはずのマリーは、本を通じて貴志に引っ張り出されたのだが。そんな感じで向こうに行くのだろうか。

「ええと、そういえば、どうやって本を通じて行くんだい?」

 貴志はとりあえず頁をぱらぱらめくってみる。

「なんか生きてるみたいね」

 羅彩女がぽつりとつぶやき。貴志はそれを聞き微笑みを見せた。

 確かに、めくられる紙片の動きを見ていると、人の生が本にも移されて生きているようにも感じられなくもない。

 思えば不思議な話だ。紙に書かれた文字は大きく人の心を動かす。良くも悪くも。字の読み書きが出来ぬ者すら、めぐりめぐって影響は免れない。

 言葉には力がある。その力を文字として内在させ、残すのが本というものだった。

 だからこそ、権力は言葉や文字をもとめてきた。あるいは恐れた。

 貴志は紙片に書かれた文字をしみじみそうにながめ、

「文字もまた、火と同じように剣を鍛えるからね」

 と、言った。かつて、貴志は源龍に、文は武の基(もとい)と言ったことがある。それの比喩だった。

 所詮、戦(いくさ)も文字によって発令され、文字によって正当化される。

 文字があってこそ、力によって奪う行為が正当化出来る。無論奪われた側からすればたまったものではないが。その無念さを残すのもまた、文字だった。

 字の読み書きが出来ない源龍は、つまらなそうに、ふわあとあくびをする。

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