夢は覚めず 三
貴志は辰(しん)への留学を終え、帰途の旅の途中で猛獣に襲われたところを、香澄や源龍、羅彩女に助けてもらって。
そのお礼に、食客としてしばしの滞在を許して、もてなしている。
どうもそういうことにされたようだ。世界樹の力によって。
貴志は変な言い返しはせず、「はい」と、素直に返事した。
他の三人も、余計なことは話さない。
そんな日々を過ごすうち、今まであった色々なことが、なぜか、ぼやけて、忘却の彼方へと追いやられてゆきそうな感じがあって。
しかし、あの、筆の天下は常に懐にしのばせていた。
天下、という筆。
これは貴志という存在を象徴するものだった。
不思議な感じを覚えつつ、日々が過ぎるに任せ。
やがて、香澄や源龍、羅彩女は、そろそろおいとますると言い出した。
「そうですか。あなた方のおかげで、貴志を失わずに済みました。なんなら我が家に仕えていただくのもよいと思ったのですが」
「宮仕えは柄じゃねえ」
「源龍に同じく」
「私も、ひとつところにいられない者で……」
それとなく引き留めようとする父に、三人はそう言って。数日のうちに出てゆくことになった。
「お別れか」
何かが心の中で流れて、遠ざかってゆくような感じがした。
その日、香澄は貴志に本を返した。
返してもらった本を本棚に戻してゆく。
貴志の部屋は、壁一面本棚が並ぶ。本棚の中は言うまでもなく書物がぎっしりと詰め込まれている。
返してもらった本を本棚に戻して、伸ばした手を引こうとした時だった。
伸ばした手の指先、本棚に穴が開いたように見えた。いや、見えたどころか、本当に穴が開いて。何事かと探ろうとして、伸ばした右手がすっぽり入った。
(えっ!?)
あまりのことに声すら出ない。と思えば、手をつかまれた。
とっさに引き抜こうとするが、手をつかんだなにか、感触からして誰かの手のようで、しっかと握り締めて。一緒に引っ張られる。
(うわ、なんだ、なんだ!?)
驚きのあまり腰を抜かし、手を引きざまに崩れ落ちようとすれば。穴からは、手とともに、女性が貴志の手をつかんで出てきたではないか!
(あ、ああ―!)
「きゃあ!」
貴志は崩れるようにして倒れこみ、その上に女性が覆いかぶさるように落ちてくる。
貴志が緩衝材代わりとなって、女性はそれほど痛みを感じることなく落ちた。
「あ、あなたは……」
「ごめんなさい、貴志さん……」
倒れる貴志の上で、金髪碧眼の女性が苦笑する。年のころは貴志より一回りは上で、年頃の娘もいる。
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