57 運動と取組
厳冬の頃になると村では何処も、ほぼ家から出られない日々が続く。雪が弱まったのを見計らって、川での水汲みや周辺の雪かきをするのがせいぜいだ。
その点ではこの夏頃から濾過器が使えるようになって、水汲みに遠くまで出なくてもいいようになったと村人たちは大喜びだ。
家に籠もることが続いて身体を持て余すことになるが、イェッタは毎日一~二アーダ(時間)程度時間をかけて、土間で棒の素振りをするのを日課にしていた。ホルガーやヨーナスたちと決めた約束なのだそうだ。
ライナルトから見ても、それなりに棒の動きは安定してきている。そこそこ運動にはなっている、と黙って見守っていた。
雪が晴れた日にはホルガーとヨーナスが誘いに来て、イェッタも外で一緒に素振りをする。最近は他の女の子たちもこれにつき合うようになった。
一通り雪かきを終えた男たちも集まって、ライナルトの指導のもと素振りをする習慣になっていた。雪が解ける頃にはまた、どんな魔獣が山から下りてくるか分かったものではない。いつでも臨戦態勢がとれるようにしておかなければならないのだ。
それにつき合い女たちも外に出てきて、軽く身体を動かしたり雪を寄せた小山に向けて火や水の魔法を撃つ練習をしたりする。
「こんな習慣のお陰で去年から、子どもも大人も冬場に風邪を引いたり体調を崩すのが減ったよねえ」
「ほんとに。身体を動かすのはいいもんだねえ」
などと笑い合っている。
しばらく身体を動かして家に戻ると、イェッタは土間の近くに座り込んで両手を何やら動かしていた。どうも、魔法の研究らしい。
まだ小さいので相変わらず水を飛ばすなどはほとんどできないが、手元で練るようにして水や風を変形するのがこの娘の得意なところだ。
ここ最近は風を弄くるような動作が多かったが、今は少し離れた土間の壁際に少量の水を出現させ、その落ちた跡を観察している。
「水がどうかしたのか」
「しばらくしたら、こおる」
「そうだな、あちらの壁際は寒いもんな」
「うん」
寒くて凍るのは当たり前なわけだが、その何が面白いのか、イェッタはじっと観察を続けている。どうも少量の水は、十ミーダ(分)と少し程度で土の上に氷を張り始めるようだ。
飽きずくり返している娘に、湯を沸かすために竈の火を点けながら声をかけた。
「イェッタも冷えないように気をつけろよ」
「あい」
そうして少しの間竈仕事をしていると。
不意にことりと、ライナルトの足元に小さな音がした。
見ると、拳大ほどの氷の塊が転がっている。
「何だ、こりゃ」
「できた」
「できたって――何だイェッタ、お前が作ったのか」
「うん」
「作ったって――」
拾い上げて、ライナルトは土間を見回した。
さっきまでイェッタが水を出していた向こう端の壁際はかなり寒いから凍りもしようが、こちらは火の点いた竈の近くでそれほど気温は低くない。
「まさか、出した水が凍ったんじゃなく、直接氷を作った?」
「うん」
「そんなこと水魔法でできるなんて、聞いたことがないぞ」
「やったら、できた」
「まさかだろ」
もう一度やって見ろというとすぐに娘は頷いて、手を水平に上げた。
たちまちライナルトの目の前の空中に球形が出現し、見る見る固まる。それが地面に落ちると、ころりと転がった。
拾い上げると、紛れもない氷だ。
もっと暖かいところでもできるのかと、暖炉の前に桶を置いて試行してみた。
今にも炎が届きそうに熱いはずの空中に、まちがいなく氷が出現する。拳大の球が、ごとりと音立てて木の桶の中に落ちた。
「どうやったらこんなこと、できるんだ」
「水は、目に見えない粒のあちゅまり」
「はあ?」
「その粒を、おとなしくぎゅっと固まるように、出す」
「へ……」
「あっちの壁で、早くこおりゅようにできないかってくふうしたら、できた」
「よく分からんが、水を出現させるときに工夫するわけか」
「うん」
桶の中の氷を摘まみ出して、ライナルトは首を捻った。
原理はよく分からないが、イェッタにそれができたという事実にまちがいはないことになる。
本気の本気で、氷を出現させる魔法など見たことも聞いたこともない。そこそこ数のいたウェッセルの魔狩人仲間にこんなことのできる奴がいたら、まちがいなく自慢して触れ歩いていただろう。
訳分からず、うーむと唸ってしまう。
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