56 手当と別離

「ああ、そうだ」


 魔獣の死骸を穴に入れ、上から土をかけようとするところで、ライナルトは気がついて声をかけた。


「今日の昼頃には、領兵三名が村に到着するという話だった。その兵たちにこの死骸を見せた方がいいな」

「ああ、そうだな」


 村長も頷く。

 そういうことで作業は一度中断して、村人たちは家に戻った。

 ライナルトは娘を負ったまま、ブリアックの家に寄った。

 負傷した兵士は夜具に寝かされ、ケヴィンの妻フェーベが傍についている。ライナルトの顔を見て、弱々しく笑いを浮かべた。


「その様子だと、うまくいったのか」

「ああ、狼魔獣は仕留めた」

「さすがはライナルト殿だ。こちらに被害はなしか」

「ヤギを一頭犠牲にしただけだな」

「よかった……」


 いかにも安堵の様子で、深々と息をついている。

 その肩を軽く叩き、ライナルトは立ち上がった。


「あとは安心して、傷を治してくれ。仲間の兵士も間もなく着くのだろう」

「うむ、そうだな」

「フェーベ、ケヴィンが牧場からヤギ肉をもらってくるはずだ。ブリアックさんの体力が戻るように、食わせてやってくれ」

「分かったよ」


 一応傷口の出血は止まっているが、この村の常備薬では熱を抑え化膿を防ぐのがせいぜいで、それほど早い回復は望めない。傷に毒素が入っているなどで、この後症状が悪化することも考えられる。今ここでできるのは、栄養を摂らせて経過を観察する程度だ。

 一アーダ(時間)ほど後、兵士たちが到着した。

 村長から経過の説明を受け、ブリアックの様子を見に行く。傷の治療薬を携行しているということで、それまでよりは少し効果の期待できる治療を加えることになった。

 その後案内されて魔獣の死骸を観察し、驚愕している。


「これほどに大きな魔獣だったのか」

「ああ。しかもこの図体から想像できないほど、動きが素速い」

「何とな。これは我ら三人でかかっても持て余すかもしれん」


 ライナルトの説明を受けて、兵士たちは唸った。

 聞くと、他の村でもヤマネコ魔獣以外に、狼魔獣が出たという報告があるのだという。

 それぞれの村に数名ずつ兵を派遣することになったが、ヤマネコなら何とかなるにしてもこの狼魔獣相手は苦戦するかもしれない、と顔をしかめている。

 囮のヤギを使って魔獣の動きを止めた、というライナルトの説明に頷き、本隊に報告しようと話している。

 それに異は唱えないが、内心ライナルトは難しいかもしれないと考える。

 こちらの攻撃は、レンズと光だったから効果を上げたという気がする。ふつうの火や水、弓矢などに対しては、餌に食らいつく瞬間でも魔獣は警戒しているのではないだろうか。

 光と火や水では、到達する速さも直前の気配を察知される可能性も、大きく異なるのだ。

 しかしここでそれを指摘しても、兵士たちがレンズを使えるわけもない。従来の手法で何とか効果を上げてもらいたい、と祈るばかりだ。


「それにしても、他の村にも狼魔獣が出ているのか。何処でも、着実に魔獣が強力なものになってきている、と」

「そういうことになる。ますます過去の記録に合致して、最悪の事態が懸念されるわけだ」

「困った話だな」


 兵士たちの協力も得て、同行した村人たちの総力で魔獣を埋葬しながら、苦々しく話を交わした。

 この狼魔獣より凶暴なものが、近いうちに出没するかもしれない。そうなったらもう、村人たちは村を捨てるしかないのではないか。

 例年、雪が降った後の魔獣出没の例はない。

 今年に限れば、次の魔獣が早いか降雪が早いか、微妙なところかもしれない。

 村長も交えてそんな検討をして、村に戻った。


 兵士たちは数日村に留まり、ブリアックの家で看病を続けた。

 同時に、交替で村周辺の監視をする。

 ブリアックが少し動けるようになったところで駐留地から巌牛の引く荷車を呼び、それに怪我人を乗せて交替の一名以外は引き上げることになった。


「ライナルト殿、世話になった」

「しっかり怪我を治すんだぞ」

「ああ。身体を治して、できれば来年またここに来たい」

「そうなったら、嬉しいな」


 村人たちに見送られ、そうしてブリアックは去っていった。

 残った兵士一名が任務を引き継ぎ山の監視を続けたが、その後降雪まで異状は起きなかった。

 ある程度の積雪を見て、その一名も駐留地に戻っていった。


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