50 工作と発見
ドーレス村に住み始めて、冬を二度越えた。
獣たちが山を下りてきやすい降雪前と雪解け時を、合わせて三度迎えたことになる。
猿魔獣一群の襲来を撃破した春の後も、数頭の猪、狼などの接近があった。これらすべて、初回と同様の布陣で狩ることができた。
標準サイズの猪や狼一、二頭なら、最も森近くで農作業をするケヴィンとイーヴォとその妻たち、四人でも仕留めることができるようになっている。初期に話し合っていたように、イーヴォとライラで水魔法を鼻や口に叩き込み、怯んだところをケヴィンとフェーベが頭に火を点ける、という連携で対処できているようだ。
この春には大型の
以前に比べて、やはり鼻の穴に水を叩き込むという先制攻撃が効果を上げているようだ。
やはりこれで、あの大猿魔獣程度かそれ以上のものが現れない限り、何とか対処できそうだ。もしライナルトがいなくてもある程度の足止めくらいはできるだろう、と村人たちは自信を深めている。
「お、起きたか」
「あい」
無謀な木登りから帰ってきたイェッタは、まだ日が暮れないうちに目を覚ました。寝台で上体を起こし、くしくし瞼を擦っている。
夕食の支度を始めようかと動き出した父親の姿を見つけてにっこり笑い、ごそごそと寝台を下りて土間近くの敷物の上、いつもの定位置に腰を下ろす。そこで本を読むか魔法の練習をするかというのが、ほぼ日課になっていた。
今日は少し持ち上げてくねくね動かす両掌の間に、何も見えていない。ということは、風魔法の練習らしい。
周囲に危険はなさそうだと確認して、ライナルトは炊事の支度を続けた。
外で遊ぶ際の行動にはかなり無鉄砲な面を見せるが、この娘の賢さに疑いの余地はないようだった。
数ヶ月ごとに神官が運んでくる本を借りてきて、たちまちのうちに読破、何度も読み返している。最近は絵本ばかりでなくかなり文字の多い本も借りているのだが、苦もなく読み尽くしているようだ。
この国の地理や歴史に関する本を読みながら、最近では文字の読み方よりも内容に関して突っ込んだ質問をライナルトやロミルダに向けてくる。
たとえば「レンズ」のような、何処から降りてきているのか分からない不思議な知恵も、相変わらずときどきひらめいているらしい。
この初夏頃も父親に負われて森へ向かう途中で突然、「川の水、こしてみたら」と言い出した。
「悪い虫、こしたらなくなりゅ」
「そんな、うまくいくものかあ」
訊くと、水を濾過する適切な方法が知識として頭に降りてきているのだそうだ。
まあ今までいくつかうまくいっているのだから、とライナルトも半信半疑で言われた通り試してみた。
大きな樽の底に洗った小石を敷き詰め、木炭、砂、ぼろきれを層にして重ねていく。最下部に水が流れ出す口を開ける。
川の下流で汲んだ水を、上から注ぎ入れる。
下の口から出てきた水は、確かにかなり澄んだものになっていた。
元のこの水は上流に比べて目を凝らして観察すると小さな虫らしきものが見えるのが問題なのだが、それはすっかり消えたようだ。
それでも飲用に適しているとは断言できないので、兎やヤギに飲ませてしばらく様子を見た。半月以上飲ませ続けて、どの個体も異状は見られない。兎の腹を割いても、寄生虫の類いは見つからない。
そこまで確かめた上で、ライナルトはこの結果を村人たちに公開した。
「これを沸かして飲む分には、害はなくなっているはずだ」
「なるほどな」一通り説明を聞いて、ホラーツが頷いた。「虫さえいなくなれば、上流と同じ川の水なのだからな。
「昔聞いたことがあったんだがな。木炭には目に見えないほどの小さな穴が無数にあって、細かい不純物を取り除けるんだそうだ」
「そうなのかい」
さすがにこれは娘の知恵と言うわけにもいかないので、ライナルトがいろいろな知識を集めて工夫したことにしておく。
みんなで協力して集落に近い川端に小屋を建て、濾過の大樽を設置することにした。これで年寄りでも苦労少なく水汲みができる。他の者にしても、厳冬期に長距離の水運びをしなくて済むのは大助かりだ。
樽の中身はひと月に一度程度入れ替えることにして、村人の当番を決めることになった。
「オータ、オータ」
「ん、どうした」
背中の娘が、ぽんぽんと肩を叩いてきた。
村の防護柵を出た木立の中、もうすぐ山への上り坂に差しかかるところだった。
最近は村の中でならライナルトが捕まえるのに苦労するほど奔放に走り回る二歳児だが、柵の外へ出ると告げると自ら進んで父親の背中に登ってくる。十分危険を理解して、負われ態勢でないと連れてきてもらえないと承知しているのだ。
その娘が父の足を止めさせて、しきりと少し先の藪を指さしている。
「あれ、あれ」
「何だ、その草か?」
一本だけ周囲と異なる葉の形をした植物を、小さな指はさしているようだ。周囲とは違っている、とは言ってももう少し広く見回すといくつかは似たものが見てとれる程度で、無茶苦茶珍しいというほどのものではない。
「これ、ほって、根っこ」
「根を掘り出せばいいのか」
「あい。折りゃないように」
「ふうん」
傍らで見つけた木の棒を使って、ライナルトはその植物の周囲の土を掘り返した。
言われたように折らないように、傷つけないように、と慎重に掘り下げていくが。
「何だおい、妙に長いぞ、これ」
「あい、それでいい。そのまま折りゃないように、深く」
「分かった――が、いやおい、ちょっとこれいくら何でも長すぎないか」
「がんばって」
そのまま掘り続け、子どもの手首ほどの太さの根が、一ガターを超えてもまだ先端が見えないのだ。
さらにしばらく作業を続け、ようやく一・五ガターほどで掘り出すことができた。
「やっと終わりか」と一息ついて、丁寧に土中から引き出す。
「それにしてもずいぶんな長さだな。どうするんだ、これ」
「食べる」
「食べれるのか、これ。どうやって?」
「根っこだけ。皮むいて、つぶしゅ」
「本当にこんなもの、食べれるのかよ」
「たぶん」
「まあ、試してみるか」
傍で見つけた野兎を一羽生け捕りにして、父娘は家に帰った。
持ち帰った長い根を洗って皮を剥くと、白い中身が現れた。それほどの硬さはなく、刃物で簡単に切ることができる。
連れ帰った野兎に与えてみると、しゃくしゃくと旨そうに食べていた。半日ほど様子を見ても、体調に変化はないようだ。
念のためこれもヤギにも食わせて様子を見、その後ライナルトも口に入れてみた。確かにしゃくしゃくとした面白い歯触りで、やや粘り気のようなものも感じとれる。味は淡泊だ。
「スープの具にしたら、いいんじゃない」
「ああ。そこそこ腹保ちもよさそうだな」
生でも食えるようだが、スープで味つけをしたら口当たりがよさそうだ。
まだ離乳食仕様の二歳児の口には、確かに潰した方が受け入れられやすいだろうと思われる。
夕食の材料に使い、残ったその根を翌日、ホラーツの家に持ち込んだ。
見たことのない食材だ、と村長も嫁も首を傾げている。
スープで試食をして、ホラーツは少しの間宙に目を向けて考え込んだ。
「もしかするとこれ、ナガネイモってやつかもしれんな。一度領都で食ったことがある気がする」
「へええ、街では使われている食材なんかね」
「少しばかり高級品扱いだったと思うな」
「へええ」
「何にしてもこういう根が食えるのは、総じて栄養価が高いはずだ」
嫁と頷き合って、ホラーツはライナルトに向き直った。
「こいつ、そこの森で採れたと言ったな」
「ああ。周囲にあと何本かは見えていた」
「他の連中にも教えてやってくれるか。そこそこ食いでがあって栄養があるようなら、食材として助かることになる」
「ああ、いいぞ」
その後、村の男たち数人を連れて森に入り、その根を何本か採集してきた。何処の家でも食材として喜んで受け入れられたようだ。
数日後に訪れた行商のエッカルトが「これは確かにナガネイモ、高級食材だ」と保証し、数本を買い入れてくれた。
まだ森の中を探せば収穫できそうだし、南の方では畑に植え替えて栽培している例があるということなので、試してみる価値もありそうだ。
将来的にそこそこの収入源になる期待が持てそうで、村人たちは喜びの声を上げていた。
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