41 戦闘してみよう
頷き合って、父と二人の男は木立の陰を出た。
見上げるほどの大きさのボス猿が一匹と、それに従う小猿が――六匹、か。足並み揃えるようにして、着実にこちらに近づいてくる。もう、いろいろ考える暇もないんだ。
ボス猿一匹だけでも、村は全滅しかねない。何としてもここで抑えなければ、と男三人は不退転の決意らしい。
わうわう、がんばれ、とあたしは父の硬い肩を両手で叩く。
ちら、とだけ、横顔の父の口端が持ち上がって見えた。
――行こう、一緒に。
あたしが共にいることで父の戦闘力は増すことが確かめられているし、今回もそれが役立つことを信じている。
こちら三人の姿を見つけて、猿たちの足どりが速まったみたいだ。先頭を駆けてくるボス猿の、太い棒を握った手が振り上げられる。
その間隔、二十ガターを切っただろうか。
「打て!」
父の号令で、二人の手が振られる。
あたしも手を伸ばし、父の胸元先に風の道を作り上げる。
これも、練習で十分息を合わせているところだ。ケヴィンの火が大猿の顔に炸裂し、少しだけ遅らせてイーヴォの水がそれに続く。
不快そうに猿が顔を払う。その手の隙を狙って、父の大きな火が襲った。
グワアアアーーー!
咆哮して、大猿は棒を持たない手で何度も顔を払った。
これだけで致命傷にはならないけど、とにかく相手の足を一度止める目的は果たしたことになる。
一歩前に出て、父は叫んだ。
「いいぞ、もう一丁!」
「おお!」
もう一度、同じ攻撃のくり返しだ。
ケヴィンが火を飛ばし、少し遅れてイーヴォが水をぶつける。すぐさまあたしが風の道を作り、父の大きな火が飛ばされる。
しきりと上体を揺らし、顔面に狙いをつけにくくしているようだ。
「もう一丁!」
「おお!」
ケヴィンが火を飛ばし、遅れてイーヴォが水を飛ばす。
猿が腕を横にして顔を守る。
そこへ、父が素速く飛び出していった。
注意が顔に集中して空いた下半身を狙う。
一瞬で間を詰め、抜き放った大剣を毛むくじゃらの左臑に叩きつけていた。
グワアアアーーー!
いっそう甲高い、咆哮。
しかし斬りつけられた臑に血が見えることもなく、大きく蹴り上げて剣は払い除けられた。
勢いでよろめき。父は横手へ向けてたたらを踏んでいた。
目の前に小猿が二匹近づいて、たちまちその首を大剣が刎ね飛ばした。
――わあ!
あたしは、悲鳴を噛み殺した。
もう何度も鼠や兎の首を刎ねる瞬間は目にしてきたけれど、この戦闘中の動きの中での殺戮の迫力は、比べようもない。
すぐに向き直ると、ボス猿は今の攻撃がまるで効いていないようで、太い棒を振りかぶっていた。
ズシーーン、と地響きを上げて、棒が土にめり込む。
辛うじて躱した父が、すぐ横手に手をついていた。
「続けろ!」
「おお!」
横向きになったボス猿の顔面に、ケヴィンとイーヴォの火と水が弾ける。
煩そうに、猿は空いた手でぐいと顔を拭う。
その隙に、父は跳び起きた。
再び一気に駆け寄り、大剣を横に払う。ガシーーン、と金属音が聞こえそうな勢いで、また毛むくじゃらの左臑を叩いていた。
グワアアアーーー!
しかしやはり傷を負わせることはできず、足が大きく蹴り上げられる。
よろめく父の頭目がけて、大きな棒が振り下ろされる。
ほとんど四つん這いになって、父はそれを躱した。
おそらく本来なら、もっと勢いをつけて飛び退り、地面を転げて距離をとるんだろう。それが今は、背中の赤ん坊を庇って四つん這いしか選択の余地がないんだ。
それでも腰だめの姿勢を取り戻して、父は仲間に呼びかけた。
「もう一丁いけ!」
「おお!」
「イェッタ!」
「あい!」
横手から、ケヴィンとイーヴォの火と水が顔面を襲う。
あたしが風の道を作り、父の大きな火がぶつけられる。
グワアアと唸り、ボス猿は顔を拭う。
その足元を抜けて小猿が二匹、棒を振りかぶり襲いかかってきた。
難なく、父は続けざまにその首を刎ね飛ばす。
しかしその分、本命への注意が逸れていたみたいだ。
グワアアという咆哮とともに、ボス猿が棒を振り下ろしてきた。
辛うじて身を躱し、父は草地に手をついた。
もう一度、大きな棒が持ち上げられる。
その動きに合わせて、父は跳び出した。
また注意が疎かになっている、左臑に向けて大剣を叩きつける。
グワアアアーーー!
しかし、傷を負わせることはできない。やたらめったらという勢いで、横に縦に棒が振り回された。
その攻撃を躱して、父は敵の後方まで駆け抜けた。
残っていた小猿二匹が、慌てた様子で棒を振りかぶる。その首を、立て続けに刎ね飛ばす。
向き直ったボス猿が、ひときわ甲高い咆哮を上げた。
子分たちがいつの間にか全滅させられていることに、気づいたようだ。
明らかな怒りに顔を赤く染めて、棒を振りかぶってきた。
そこへ。
「こん畜生!」
「食らいやがれ!」
敵の背中方向になっていたケヴィンとイーヴォが横手に回って、火と水を横顔目がけてぶつけてきた。
やはり効き目はほとんどなく、大猿の手が顔を拭う。
そうして、不快そうにそちらの二人と父を見比べ。
いきなり、動きを変えた。
棒を振りかぶり、ケヴィンとイーヴォの方へ駆け出していったのだ。比べて、そちらの方が弱いと理解したんだろう。
「わあ!」
「逃げろ! 林の中へ逃げ込め!」
焦燥を露わに、父が叫んだ。
接近戦ではまちがいなく、この魔獣に二人がかりでも敵わない。
慌ててその背を追うが、大きな図体でボス猿は駆け足も速いようだ。何度も攻撃された左足をやや引きずるようにも見えるけど、それでも人間たちよりも明らかに速度が出ている。
「わあああーーー!」
「ダメだあーー!」
林まで数ガターを残し。
頭を両手で覆って、二人はしゃがみ込んでしまった。
そこへ向けて、大猿は思い切り棒を振りかぶる。
「こなくそ!」
その距離十ガターほど、こちらに向けられた大きな毛むくじゃらの背中に、父は思い切り大剣を投げつけた。
やはり表皮は硬いらしく、突き刺さることなく剣は弾かれ、地面に落ちる。
しかしそれでも、それなりの衝撃はあったのだろう。振りかぶった棒を止めて、大猿はこちらを振り向いた。
今の慌てた動きの弾みで、父は前のめりに草地に膝をついていた、
にやり、と猿が笑ったように見えた。
今さっきまでてこずっていた敵が、武器を手放して地に膝をついているんだ。
すぐにはこれまでのように、ちょこまか逃げ回ることができない姿勢だ。
手ぶらで、残された火の攻撃だけならたいした痛手も受けない。
この機を逃すまい、と思ったのだろう。
手にした棒を握り直して。ゆっくり。こちらに向けて歩み寄ってくる。
太長い木の棒が届く距離、まで近づいて。
グワアと雄叫び、父の頭向けて腕が振りかぶられた。
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