第一章 第十話
門の方が明るかった。
玄関の電気が点いていて、門の前で玄関の光を背に立つ二人の姿が見えた。自然と秋哉は足を速める。暗くて顔はよく見えないが、立っている二人は枸杞とケントで間違い無い。
二人との距離が縮まり、一体門の前に立って何をしているのか、と秋哉が訊こうと口を開くより早く、先にケントが口を開いた。枸杞が安堵の息を吐く。
「ほら、大丈夫だって言ったろ。こういう奴は殺しても死なない程度には丈夫に出来てる」
まるで秋哉の人生を傍で見てきたかのように言い放つとケントは踵を返し、家の中へと戻っていく。そこで秋哉はやっと、二人は自分を待っていたのだ、と気が付いた。
(……なんで)
理解出来なかったし、まるで別の人間の、幸福だが当然の、暖かい人生の一切れを味わっているような気持ちがした。
暖かい愛情を一身に受ける祠宇を、傍で見ているのとも違う。お気に入りの箱に詰めようとする冷ややかな愛情しか、秋哉は知らない。
そして相手はいつも、あいしている、あいしているのだからお前は私の物だと言いた気な態度を取った。
そわそわと動きたくなるのを抑えて、秋哉は枸杞に微笑み掛けた。
「平気だよ。夜はいつも遅いんだ。家の教育では、夜型の生活を推奨してるんだ。夜の方が静かで綺麗だから……星の輝く夜空が似合う人間になって欲しいんだろうね。昼間の喧騒じゃなく……枸杞?」
不安になって、うんともすんとも言わず秋哉を見つめる枸杞に呼び掛ける。枸杞が始めと同じ顔のままじっと同じ目で見ているのがわかる。
「……いや、……うん」
間を置いて枸杞が首を振った。
「平気だとわかっていたよ。そうじゃなくて……、平気じゃなかったのは俺の方。もう二度と君が来ないかもしれないと思った」
まだ新しい痛みの残る声だった。
同時に、来ないで欲しいと祈っていたのが伝わった。新しいものが今まであった何かを壊し引き止める術も無い。
そして壊れるのは僕でもある、と秋哉は思った。
既に始まりかけているものの匂いを秋哉は嗅ぎ取った。
焼き切れる鉄線の錆びた匂い。
「やっぱり僕を案じていたんだろう」
秋哉が自信有りげに言うと枸杞の空気がとろりと融解した。
「……僕、これからもここに来る方がいい?」
玄関の前まで来て立ち止まり、何も含めずに秋哉は訊いた。
黙って見つめ合う。
本当に惹かれ合う時、理由が無くとも互いに互いの気持ちを確信しているものなのだと、二人は静かに相手の眼差しの奥底で理解した。
瞬きをして――その一瞬に導きをもとめるように――枸杞は来て欲しい、と言った。
「じゃあ来るよ」
秋哉がそう言うと枸杞はすっと顔を背け、家の中へと入っていった。
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