第6章 二歩半

第46話 君がいた夏は

 夕方の八王子駅前は講義が終わった大学生であふれかえっている。


 広いロータリーには何台もバスが止まっており、そこから駅に人がなだれ込む。


 そんな人混みの中を進んでいき、駅前エリアを南に出て行くとすぐに住宅街に入る。


 普段なら生活感のある街並みだが、今日は少しだけ違う。


 茜色の空のもと、俺同様に浴衣を着た多くの男女が同じ方向に進んでいく。


 その流れに沿って行くと、富士森公園に辿り着いた。


 ここは、野球場や競技場もある大きな公園で市民の憩いの場となっている。


 まだ日が沈んだわけではないが木々に囲まれたエリアには屋台も出ており、徐々に活気が出てきていた。


「師匠~! お待たせしたっす~!」


 入口の方から金髪のポニーテールを揺らしながら下駄をならして駆けてきたのはピンク地の浴衣を身にまとった恵莉奈だった。牡丹の花がトレードマークの浴衣は実に華やかだ。


「すみませんっす! 浴衣の着付けに手間取っちゃって」


「いや、俺もいま来たところだよ」


「えへへ、よかったっす」


 笑顔の恵莉奈が俺の手を握ってきて、ふたりで屋台を見て回る。


 屋台というと、暗くなってからのイメージが強く、夕陽を浴びている印象は薄い。それでも、こんな時間から集まったのにはワケがあった。


「花火の打ち上げって十九時からでしたっけ?」


「そうだな。それまでに屋台を回ってしまった方がいい」


 時計を見ると時刻は十八時ちょうどだった。


 野球場から花火が打ち上げられるわけだが、周辺からでも十分に観覧することができる。公園の敷地内には観覧スペースも設けられているが、徐々に満席になりつつある。


「さきに席とっちゃうっすか?」


「いや、敷地内の神社の方は去年も空いてたから、そこで見ればいいかなって」


「了解っす~」


 ふたりで談笑しながら歩いていく。やはりこの時間が憩いの時間であるのだと再認する。こうして手を繋いで歩いているだけでも、気分が高揚する。


「師匠、もっとくっついてもいいっすか?」


「あ、ああ」


 俺の返事を確認すると、恵莉奈は腕を抱き寄せてくる。


 温かな体温、柔らかな胸の感触……


「恵莉奈、胸おおきくなったな……」


「いっつもあのデカ乳女にドヤ顔されるのもうざいんで、あたしも育乳がんばったんすよ!」


「胸の大きさってそこまで大事なことか……?」


「おっぱいには女のプライドがつまってるっす!」


 っていうか、そうつぶやいた恵莉奈はジト目で見てくる。


「師匠、おっぱい大好きなんだから、あたしの胸が大きくなったのに素直に喜べばいいっすよ」


「おっと、確証のない言いがかりはよしてもらうか?」


「天川先輩とあたしの胸、いつも見てるくせに……」


「……知っててなぜ咎めない」


「天川先輩は面白がって放置してるだけだと思うっすよ。バレてないと思ってチラチラ見てる師匠を観察して楽しんでるっす」


 絶対そうだわ、あいつ……。


「じゃあ、恵莉奈はなんで何も言わないんだ?」


「あたしは……見てもらった方がいいというか……もっと見てほしいというか」


 もじもじして徐々に声が小さくなるが、はっきりと聞こえた。なんか今日の恵莉奈は大胆だ。見たところ酒も入っていないが……。


「師匠に見てもらうために、いつもちょっと露出の多い服着てるっすよ」


「お、おう、ありがとう……?」


「ど、どういたしましてっす……」


 なにこのままごとやらされてるみたいな恥ずかしさ⁉


 女の子との花火大会なんだし、多少はドキドキとかときめきはあって然るべきだ。でも、これはちがう、明らかにちがうんだ。


「そ、そんなことより、かき氷たべるっす! まだちょっと暑いですし」


 誤魔化すように手を引く恵莉奈に導かれて、そのままかき氷、焼きそばなどを買って神社へ行った。


 公園内にある浅間神社は特に大きな特徴はない神社だが、森林に囲まれており、暗くなってきたこともあって厳かな雰囲気を感じられる。


 そんな社殿の軒先にふたりで腰をかける。すでにカップルらしき男女が何組か陣取っており、少々うわついた雰囲気が醸成されていた。


「ば、場所間違えたかな?」


「だ、大丈夫っす! あたしは気にしないんで!」


 普通に気まずい。

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