第39話 ユメセカイ
自意識過剰みたいで聞くのは恥ずかしかったが、ずっと引っかかっていたことで確認したかった。
「そうっすよ。師匠とああなりたくて書いたっす。だからちょっと、今の状況を楽しんでるっす」
恵莉奈はそういたずらっぽく笑う。
「師匠が選んでくれるかって言ったら微妙かもしれないっすけど、作品の世界みたいな……夢みたいな感じがしてるっすよ」
それは彼女にとって受け入れがたいことなのか、それとも喜ばしいことなのか。その朗らかな表情からは察することはできない。
だが、恵莉奈の手が震えていることに気付き、そっと手を握る。
「ありがとっす」
恵莉奈はひとりで寝るのが怖いと言っていた。
それは言うまでもなく、両親に捨てられた恐怖と不安がそうさせているのだ。
ひとりになると、もう誰も来てくれないのではないかと不安になる。だから、毎晩気が気でないそうだ。
普段は一緒に寝るわけにもいかないが、今晩くらいは彼女が寝付くまで隣にいようと思う。
恵莉奈の頭をなでてやると、気持ちよさそうに目を細める。そんな彼女を見ていると、すこし安堵する自分がいた。昔みたいにふさぎ込んでいる恵莉奈ではなく、明るくて前向きな恵莉奈がここにいるのだと。
「今日はありがとっす」
「なにがだ?」
「あたしと天川先輩、どっちかを選ぶんじゃなくて、うまいことうやむやにしてくれたじゃないっすか」
「気付いてたのか」
「たぶん天川先輩も気付いてるっす」
歌野と恵瑠が天川と恵莉奈であることは最初から気付いていた。気付かないはずがないのだ。
いくら変装していたって、自分が大好きな女の子ふたり。雰囲気だとか、癖だとか、そういうのですぐに分かってしまう。
「どっちか選んだ方がいいのは分かってるんだ。でも今の俺にはできない」
「分かってるっすよ。それでいいっす。師匠がしたいようにしてくれて」
俺の優柔不断をいつもの笑顔で許してくれると、恵莉奈は静かに目を閉じて寝息を立て始めた。
これ以上なにも言わなくていい、そういう合図だった。
それでも俺はそろそろ決断を下さなければいけない。
少なからず、この夏休み中に結論を出すつもりだ。そうでなければ、おかしくなってしまいそうだった。
恵莉奈の温もりや思い出、天川と過ごした時間と笑顔。
そのすべてが俺を苦しめる。好きが俺を蝕んでいた。
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